佐賀城の本丸歴史館で学ぼう!城内観光におすすめの情報を紹介!

2017年11月8日 (2019年9月12日最終更新)

九州北西部を支配する龍造寺氏の居城であった佐賀城は、龍造寺氏の家老であった鍋島直茂が改修し、次の藩主勝茂が1611年に完成させました。その後幾多の火災に見舞われ、現在は本丸表門となる鯱の門、続櫓、本丸御殿が復元された佐賀城本丸歴史館として観光名所となってます。

目次

  1. 佐賀城本丸歴史館で佐賀城を学ぼう
  2. 戦国武将龍造寺隆信の居城だった佐賀城
  3. 幾多の大火に見舞われた佐賀城
  4. 藩主の居室だった佐賀城本丸御殿の御座の間
  5. 佐賀城本丸の表門である鯱の門と続櫓
  6. 本丸御殿を復元した佐賀城本丸歴史館
  7. 佐賀城本丸歴史館の常設展示室
  8. 佐賀城本丸歴史館の企画展示
  9. 佐賀城本丸歴史館へのアクセス
  10. 佐賀城本丸歴史館まとめ

佐賀城本丸歴史館で佐賀城を学ぼう

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佐賀城といっても、実際にお城天守は残っていません。現存するのは、入口となる鯱の門、続櫓、藩主の居室だった御座の間、この3つが現存する遺構です。そして佐賀城の本殿を復元させたのが佐賀城本丸歴史館です。ここでは、その遺構と復元された観光スポットの佐賀城本丸歴史館を通し、おすすめの見どころやアクセスなどを紹介します。

戦国武将龍造寺隆信の居城だった佐賀城

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戦国大名としてその名を知らしめた龍造寺隆信は、佐賀龍造寺城、別名村中城に居城していました。龍造寺隆信が島津有馬連合軍に沖田畷の戦いで敗れ討ち死にすると、当時、龍造寺隆信の参謀として活躍していた鍋島直茂が実権を握り、その直茂の幾多の改修拡張により最終的には次の藩主勝茂が1611年に完成させ佐賀城ができました。

龍造寺隆信が死去し、その宗家であった龍造寺一派は、次第にその求心力を失って、直属の家臣であった鍋島直茂にその実権を握られていきます。直茂も最初は、遺児である高房の後見人として龍造寺一派に従えていましたが、豊臣秀吉のお墨付きをもらった後は、名実ともに佐賀藩の大名となります。政権交代となったわけです。

幾多の大火に見舞われた佐賀城

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鍋島直茂の改修工事で、高さ38m、外観4重内部5階建ての天守が完成しますが1726年の大火で焼失。2年後に二の丸が完成するも1835年の大火で二の丸も焼失し、その後再び本丸再建が行われます。現存する鯱の門、続櫓はこの再建時の1838年に完成したもの。同時に完成した本丸御殿は、明治維新以後学校や裁判所として利用されました。

藩主の居室だった佐賀城本丸御殿の御座の間

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1874年に江藤新平を中心とした佐賀の乱が起こり、その戦禍で再び建造物の大半が焼失します。鯱の門には今の戦禍の傷跡が生々しく残っています。第10代肥前国藩主鍋島直正の居室だった本丸御殿の「御座の間」は、本丸御殿を復元した佐賀城本丸歴史館の完成とともに歴史館内に移築され、現存する遺構として現在に至っています。

佐賀藩第10代藩主鍋島直正の居室だった御座の間は、一時解体され別の場所へ移されたものを再び元の場所へ戻し建て直したものです。純粋にそのままずっと遺構としてあったわけではなく、本丸同様復元され作られたものですが、使われた部材も含めほぼ忠実に復元されており、歴史的価値のある充分な見どころあるおすすめの建築物です。

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佐賀城跡の敷地内に、佐賀藩第10代藩主あった鍋島直正公の銅像が立っています。財政難に喘いでいた佐賀藩の改革に乗り出し、陶器、茶、石炭などの産業育成、優秀な人材育成をする教育改革、農村復興の改革、役人の削減による藩政改革、また独自に西洋技術を導入し科学技術の導入を行うなど優れた名君としてその名を残しています。

佐賀城本丸の表門である鯱の門と続櫓

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幾多の大火などによって焼失してしまった本丸を再建しようと1835年からその工事が始まり、1838年に本丸の門として完成したのが鯱の門と続櫓です。江戸末期の建築でもあったことから、門本来の防御的機能よりも装飾的要素が全面に出された見どころある建築物です。国の重要文化財として指定されており、おすすめの観光スポットです。

門の屋根に施されている青銅製の鯱は、北側にあるものが、高さ1.7m、重量190kg、南側にあるものが、高さ1.75m、重量210kgとなっていて若干大きさが異なります。身体は魚で頭は虎という想像上の動物である鯱は、鬼瓦同様に守り神とされています。製作者は、佐賀藩の御用鋳物師であった谷口清左衛門と刻銘されています。

鯱の門に付随して建てられている続櫓は、石垣の天端一杯までは建てられてなくて、そこを犬走りが巡っています。1階の左右には門衛所、また門内北側には番所が続きます。正面から見ると突き出た形をした櫓は、近世城郭の初期にはあまり見ることのできない機能的なものとなっていて、見どころ満載の観光スポットのひとつです。

本丸御殿を復元した佐賀城本丸歴史館

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1835年から1838年の天保の年に再建された本丸御殿は、1874年の江藤新平を中心とする佐賀の乱の戦禍で、その建物の大半を再び失ってしまいます。その後その本丸御殿を復元しようという機運が高まり、最後の焼失から130年後の2004年に佐賀城本丸歴史館として完成し、その歴史的な意義を継承していく観光文化施設として機能してます。

館内は、応接間として使っていた御式台、大広間の外御書院、御三家の部屋であった御三家座、家臣控えの部屋屯之間、会議用に使われていた御小書院、食事の場所御料理間、それに現存する遺構として移築した佐賀藩主鍋島直正の居室の7箇所で構成されています。Youtube動画にアップロードされた動画で内部の様子が確認できます。

幕末維新の頃使用された砲台

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佐賀城本丸歴史館の横には、見どころのひとつアームストロング砲の模型が展示されています。当時、日本では佐賀藩がこの砲の製造を試みたとも言われていますが、実際に作られたのがアームストロング砲と同等のものだったかどうかについては、戦時中の金属類回収令により佐賀藩製造のものが供出され、物証がなく定かではありません。

大広間として使われていた外御書院

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一之間、二之間、三之間、四之間と全部で4部屋ある大広間で、板張りではなく長さ45mもの畳が敷き詰められた廊下の畳も合わせると、320枚もの畳が敷き詰められています。ここで佐賀藩の公式行事が行われていました。復元に忠実にするため、調度品や掛け軸などは、当時の資料がなく不明のため一切置かれていません。

佐賀城本丸歴史館の常設展示室

御三家座

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当時の佐賀藩家臣の最高位にあった御三家である小城家、蓮池家、鹿島家の部屋を再現したのが御三家座です。佐賀城の歴史や復元された本丸御殿の建築構造について、当時の佐賀城本丸差図や古写真などを元に紹介する常設の展示場となっています。模型によってまだ全体の半分も復元されていないことがよくわかります。

御三家座には、コンピューターにアクセスし本丸御殿のつくりが見れるおすすめの「バーチャル佐賀城」コーナーがあります。解説付きで、それぞれの部屋がどういう風に当時使われていたのかをアクセスして学ぶことができます。また、江戸時代の佐賀城を描いた「佐賀小城内絵図」があり、見どころある当時の広大な佐賀城が確認できます。

佐賀城本丸歴史館の企画展示

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約2ヶ月に1回程度、定期的に企画展示も行われており、主に御小書院、外御書院を使って開催されます。今までに開館記念展や開館5周年記念展、佐賀城築城400年記念展など節目による大規模な記念展示などが行われており、開館から多くの観光客が訪れています。入場は本館同様無料です。開催日を事前チェックされることをおすすめします。

2017年9月15日から11月12日まで、肥前さが幕末維新博覧会プレ特別展「1867年パリ万博と佐賀藩の挑戦」が開催されました。このパリ万博は、日本が初めて参加した万博で、日本からは幕府、佐賀藩、薩摩藩の3政府だけでした。当時の佐賀藩から出品された陶磁器や派遣メンバーが残した未公開資料など貴重なものが展示されました。

佐賀城本丸歴史館へのアクセス

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佐賀でのおすすめ観光スポットのひとつ、佐賀城本丸歴史館は、佐賀駅南口から真直ぐ直線距離を2.4kmアクセスしたところにあり、佐賀城の戦国時代から幕末近世までを学びながらゆったりとした時間を過ごすことのできる見どころ満載の歴史資料館です。佐賀市中心部にあり佐賀駅から車で10分でいけるアクセス抜群のところにあります。

佐賀城公園

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佐賀城公園は、三方向を湖のような大きな濠に囲まれた広大な敷地にある見どころ満載のおすすめ観光スポットのひとつです。公園内には、県立図書館、県立美術館、その他県庁をはじめとする行政機関など佐賀県の文化、行政、商業が集中する中心地です。佐賀城本丸歴史館も敷地内にあり徒歩でアクセスできる市民憩いの公園です。

佐賀城本丸歴史館まとめ

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幾多の大火や戦禍により焼失してしまった佐賀城ですが、佐賀藩の遺構を継承していこうという熱き想いが形となり佐賀城本丸歴史館として残されています。そして今もその調査発掘は続いており、いつの日にか、その歴史の謎が解き明かされるのかも知れません。そんな戦国時代から幕末のロマンを感じる佐賀城に一度アクセスしてみませんか。

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zukzuk22

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