日本三大怨霊とは?それぞれの人物にまつわる場所や歴史をご紹介!

2018年9月26日 (2018年12月2日最終更新)

日本三大怨霊と呼ばれる歴史上の人物をご存知でしょうか?科学の発達した現代でも、怨霊の力は侮れず、東京のような大都会でも祟りを恐れて奉られる首塚もあり。その力は熱心に拝めばご利益のある神社もあり。怖いだけじゃない日本三大怨霊についてご紹介します。

目次

  1. 怨霊も神様になる国日本
  2. 日本三大怨霊が登場した経緯
  3. 日本三大怨霊1:平将門
  4. 日本三大怨霊2:菅原道真
  5. 日本三大怨霊3:崇徳天皇
  6. 偶然?祟り?日本三大怨霊の祟り
  7. 恨んでない?諸説ある日本三大怨霊の最期
  8. 神様になった日本三大怨霊
  9. 現代でも恐れられる日本三大怨霊
  10. 平将門「首塚」にまつわる怖い歴史
  11. ご利益抜群?日本三大怨霊ゆかりの地
  12. 日本三大怨霊にまつわる場所1:首塚
  13. 日本三大怨霊にまつわる場所2:築土神社
  14. 日本三大怨霊にまつわる場所3:神田明神
  15. 日本三大怨霊にまつわる場所4:太宰府天満宮
  16. 日本三大怨霊にまつわる場所5:大阪天満宮
  17. 日本三大怨霊にまつわる場所6:崇徳天皇陵
  18. 日本三大怨霊にまつわる場所7:安井金毘羅
  19. 日本中で愛される神様
  20. ご利益抜群の日本三大神様!

怨霊も神様になる国日本

日本は仏教と神道という二つの宗教があると言われています。神道は日本に古くから住む八百万の神を信仰する宗教で、神社がその代表的な例です。神道では、恨みを抱いて死んだ人が祟りを引き起こす怨霊になるという説があり、古来から怨霊を神様として祀ることで、祟りを沈めるという方法をとってきました。

日本三大怨霊が登場した経緯

ただ死んだだけでは神様として祀られることはありません。基本的には日本書紀などに出てくる古来からの神様が神社には祀られています。しかし、歴史の偉人の中で不遇の死を遂げた人の中には、死後恐ろしい事件や事故が相次いだため、その後の祟りを恐れて神様として祀られることがあります。

怨霊となる人の死に関わった人や、生前ひどい仕打ちをした人は、家族や親族などその人の周りで続々と人が死んだり事件が起き、大災害や疫病など国を揺るがす惨事が起きました。また祀った後にも祀った首塚を撤去させようとしたりすると、事故が起きたり工事計画に関わった人が亡くなったりしました。

その中でも現代でもはっきりと、科学では解明できない事象を起こすのが、日本三大と呼ばれる怨霊です。彼らは日本三大怨霊と呼ばれるにふさわしい不遇の死を遂げ、そして死後に恐ろしい事件や事故を起こしたとされます。しかし、恐ろしいだけではありません。彼らにまつわる神社に参拝するとご利益があり、日本三大神様としても力を発揮しているのです。

日本三大怨霊1:平将門

平安時代中期の豪族とされる平将門(たいらのまさかど)。当時の政府である朝廷に対抗し、「新皇」を名乗り日本を治めようとしましたが、その二か月後にで藤原秀郷、平貞盛達によって討伐されました。

平将門の死は戦の最中に矢が額に命中し、絶命したといわれています。その首は京に持って帰って晒されました。

晒し首にされる刑「獄門」が歴史上で確認された例が平将門といわれています。平将門はそれまでの貴族支配から武士の支配へと歴史の流れを変えた存在でもあり、当時の朝廷から重い負担を強いられていた東国の人たちの代弁者として、多くの人に語り継がれる英雄となりました。

日本三大怨霊2:菅原道真

平安時代の貴族、菅原道真(すがわらのみちざね)は学者、漢詩人、政治家と多彩な才能を持った偉人で、官位は従二位・右大臣まで昇りつめました。忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて寛平の治を支えた一人でもありましたが、虚偽の罪で左遷され、福岡で死去しました。彼の死後天変地異が相次いだことから、怨霊として恐れられるようになりました。

元々菅原家は天穂日命(あめのほひのみこと)という農業、産業の神様として信仰される神様を祖先に持ち、曾祖父から朝廷に仕える家柄でした。菅原道真自身も幼少期から漢詩を作り、青年期には文章博士(もんじょうはかせ)という当時の学者として最高位の位を授かっていました。また弓の才能にも長けていて、文武両道の人物として語られています。

菅原道真は政治でも力を発揮し、国のために尽力を尽くしていたのですが、福岡大宰府に謂れのない罪で左遷されてしまいました。最後まで国と主君を想う歌を残し、亡くなりました。菅原道真にはその出生だけでなく、彼を想って京都の家にあった梅が福岡まで飛んで行った「飛び梅」の伝説もあり、神秘的な人物としての逸話があります。

日本三大怨霊3:崇徳天皇

崇徳天皇は日本の第75代天皇であり、五歳で天皇に即位しました。実権を持たなかった悲劇の天皇と言われています。歌を愛した天皇で実権をほとんどもたない天皇とされています。

平安時代末期の保元元年、1156年7月に起きた保元の乱で崇徳天皇の一生は大きく変わってきました。

皇位継承問題や摂関家の内紛によって、朝廷が後白河天皇方と崇徳上皇方に分裂しました。武力衝突にまで至った大きな出来事で、この時の抗争の解決に武士の力を借りたことがきっかけで武士の存在感が増し、後の武家政権へ繋がるきっかけになりました。乱の後讃岐の国、今の香川県に下ることになった崇徳天皇はそこで余生を送ることになります。
 

仏教に傾倒した崇徳天皇は戦死者の供養や反省の証として、五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出しましたが、後白河院は「呪詛が込められている」と疑って拒否し送り返しました。それに大変怒った崇徳天皇は、死ぬまで髪と爪を伸ばし、夜叉のようになり、遺体を納めた棺からは血が溢れだしたといわれています。

偶然?祟り?日本三大怨霊の祟り

日本でも最も怨念を残したと言われる平将門、菅原道真、崇徳天皇。この三人は亡くなった直後に日本には天変地異や不穏な事件が相次ぎ、また彼らに恨まれる心当たりがあったのは権力者たちだったため、何とかその怒りを鎮めようと、神様として祀るようにしました。

平将門の死後、天変地異が相次ぎ疫病が蔓延しました。多くの死者が出たため、平将門の怨念だと恐れられました。平将門は首を晒されていたこともあり、首にまつわる逸話も多く、さらされた首が切り離された胴体を求めていたという話や、首が京から関東へ飛んで戻って行ったという恐ろしい話がいくつも残っています。

菅原道真の死後、菅原道真を左遷に追いやった人や、その子供たちや関わりが深い人たちが急死したり落雷によって死亡したりと、多くの死者が出ました。さらには天変地異が重なり、多くの被害が出ました。最も有名なのは「清涼殿落雷事件」。菅原道真を大宰府で監視していた藤原清貫が落雷に撃たれた事件で、その遺体も惨たらしいものでした。

崇徳天皇の死後は、敵対していた後白河法皇の息子、その妻が相次いで若くして亡くなり、さらには孫である六条天皇までが13才で亡くなりました。さらには安元の大火と呼ばれる京の町が三分の一焼失する大火事が起こり、祀った後も百年単位で天変地異や国家動乱が起き、人々は崇徳天皇の怨念として恐れました。

恨んでない?諸説ある日本三大怨霊の最期

日本三大怨霊と呼ばれるほどに、世を憎み恨む理由も怨念もある三人ですが、その死の間際は静かで、恨みつらみを残してはいなかったという説もあります。菅原道真は晩年はひっそりとなくなり、恨み言を残さず、崇徳天皇の残した歌にも恨みつらみよりも悲哀が濃く感じられるといいます。

平将門は虐げられていた人々のために立ち上がった英雄とされています。信念を持って戦死した人として、怨霊になるような人物ではないという説もあります。朝廷に逆らった者として日本の政府では長いこと平将門を恐ろしい人物だと伝えてたため、恨みが深く怨霊になったと言われるようになったのではともいわれています。

神様になった日本三大怨霊

日本三大怨霊と呼ばれるほどになった三人には、気のせいや偶然では片付けられない出来事が重なっていました。天変地異や相次ぐ関係者の死亡に、恨まれている心当たりのある人たちにはとても恐ろしいものでした。当時の日本では恨みや怨霊という目に見えない存在が力を発揮すると信じられていたのです。

時の権力者によって罪人扱いされてい日本三大怨霊は、一方的に日本中から怖がられていたわけではなく、彼らを守ろうとした人や大切に思っていた人もいました。彼らの生き方や残したものをみれば、日本三大怨霊ではなく神様として愛されるようになったのは当然の流れだったのかもしれません。

特に菅原道真は太宰府に左遷された後も勤勉でつつましやかな姿から、多くの人に愛される神様として太宰府天満宮では祀られています。太宰府天満宮では日本三大怨霊と言われる菅原道真ではなく、生前の慎ましやかな姿が天満大自在天神という位を与えられたとされ、神様として紹介しています。

現代でも恐れられる日本三大怨霊

日本三大怨霊と呼ばれる偉人達ですが、晩年は恨んでいなかった、という説もあります。彼らの生涯は怨霊となるほど恨んでもしかたがないほどの壮絶でした。平将門は特に、晒された首がいつまでも朽ちなかった、首がしゃべりだした、首だけが飛んで行ったと言われるほど。当時の日本の人々にとって怨霊の存在は迷信ではなく、災害のような存在でした。

祟りなんて迷信だと信じない人も多いかと思いますが、日本三大怨霊である三人にはそれぞれ「気のせい」ではすまない出来事が現代でも起きているのです。

その最も有名なのが、平将門。身体だけではなく鎧や兜まで祀られている平将門は大都市東京のビジネス街にその首が祀られています。そのため日本三大怨霊の中で最恐といわれています。

平将門「首塚」にまつわる怖い歴史

東京都内の一等地にある平将門の首塚は1923年に起きた関東大震災をきっかけに、その場に大蔵省を建てるため撤去されそうになりましたが、工事関係者、大蔵省関係者を含めて14人もの人が相次いで亡くなり、首塚はもどされることになりました。平将門の首塚はいまだに、そこから移動されることはありません。

第二次世界大戦後に首塚のある場所を移動させようとしたときに、工事をしていたブルドーザーがひっくり返る事故が起き、けが人が続出。大正時代にも首塚を撤去しようとしましたが事故が相次ぎました。余りに相次いだ事故に多くの人が平将門の怨霊の仕業だと恐れて、2018年現在でも首塚は同じ場所にあります。

ご利益抜群?日本三大怨霊ゆかりの地

日本三大怨霊の一人、崇徳天皇。触らぬ神にたたりなしと言われていますが、崇徳天皇を奉っている神社にはご利益が抜群の場所があります。それが京都の「安井金比羅宮」です。悪縁を断ち切り、良縁を結んでくれる神様として、多くの人が訪れます。そのご利益の効果は怖いほどなのです。

菅原道真は雷を落としたことから、雷の神様であると同時に、学問に秀でていたことから勉強の神様として奉られています。菅原道真を奉る神社は「天満宮」という名前がついていて、福岡の太宰府天満宮をはじめ、北海道から九州まで、日本三大怨霊と呼ばれる神様の中では最も祀られている箇所が多いです。

日本三大怨霊と恐れられても、崇徳天皇や菅原道真は神様としてのイメージが強いです。平将門も首塚は恐れられていますが、祀られている神社では必勝などの武士としての功績から来るご利益が強いとされています。しかし、一説によると敵方の子孫が参拝するとよくないという逸話があるなど、日本三大怨霊として侮れない噂もあります。

日本三大怨霊にまつわる場所1:首塚

日本三大怨霊の中でも最も恐ろしく、日本三大怨霊の中で最も恨みが深いとされているのが平清盛です。崇徳天皇や菅原道真は勉強の神様、縁結びの神様として崇められるようになりましたが、平清盛はいまだに恐ろしい逸話が多く、怨霊としてのイメージも強いです。平清盛は神社よりも「首塚」の方がインパクトが強いのです。

平将門の首塚伝承は各地にあり、京都から平将門の首が飛んできて落ちたとされる場所の数だけ首塚があります。

日本三大怨霊の中でも、晒し首にされたのは平将門だけで、崇徳天皇や菅原道真に比べると恐ろしい話がのこっています。その中でも最も有名で現代でも怨霊としての力を発揮するのが、東京都にある首塚とされています。

首塚は将門塚とも呼ばれ、移動しようとすると事故が相次いだという恐ろしい逸話も有名です。しかし首塚には平将門のご利益があるとされていて、多くのサラリーマンが拝んでいます。京都から東京に首だけになっても戻ってきたように、左遷されても戻ってくるというご利益があると言い伝えられ、首塚には線香が絶えることがありません。

住所 東京都千代田区大手町1-2-1

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日本三大怨霊にまつわる場所2:築土神社

築土神社にも首塚と同じように平将門の首が祀られています。平将門の首に関しては諸説多くありますが、平将門の首に関しては築土神社にあったというのが有力だとされます。

その首は京都から首桶に収められて密かに持ち帰られたもので、首桶を開けずにずっと祀られていました。武勲に優れた平将門にあやかって、神社には必勝祈願に訪れる人が多いです。

築土神社にはかつて「木津川天満宮」という末社が置かれていたため、平将門だけでなく菅原道真も神様として祀られ、日本三大怨霊の内二柱の神様がそろっています。主神は天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫にあたる、日天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)で、必勝だけではなく勉強、子孫繁栄、工事安全のご利益もあります。

住所 東京都千代田区九段北1-14-21
電話番号 03-3261-3365

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日本三大怨霊にまつわる場所3:神田明神

東京でも大きく有名な「神田明神」は三ノ宮に平将門を祀っています。昭和59年に本殿に奉祀されて以降神田明神に祀られ、厄災除けのご利益があるとされています。神田明神では首塚の例祭も行っていて、一般の参加ができる前祭も行っています。また将門塚保存会により行われる御神輿も神田明神で保管されています。

住所 東京都千代田区外神田2-16-2
電話番号 03-3254-0753

日本三大怨霊にまつわる場所4:太宰府天満宮

日本各地にある天満宮。そのすべてが菅原道真を祀っています。毎年多くの学生が天満宮にやってきて、合格祈願を行うほど愛されています。京都から菅原道真を恋しがって飛んできた「飛梅」の伝承もあり、天満宮の多くに梅が植えられています。その中でも最も菅原道真のご利益が高いといわれているのが福岡にある「太宰府天満宮」です。

太宰府天満宮は九州一の観光スポットと言われ、九州博物館がそばにはあり、アクセスがしやすいようにバスなども周回しています。日本三大怨霊というイメージは太宰府天満宮ではなく、多くの人に愛される天神さまとして菅原道真は祀られています。太宰府天満宮の周りは栄え、祭事のあるなしを関わらずにぎわっています。

太宰府天満宮には菅原道真の墓所があり、彼を慕って飛んできたと言われる飛梅が植えられ、毎年春には美しい梅の花を咲か出て大いににぎわっています。日本一の天満宮と呼ばれる太宰府天満宮には、毎年受験生や就活生など、勤勉で努力家な人たちがお参りにきます。そこには日本三大怨霊と呼ばれる菅原道真の姿はありません。

怨霊ではなく、日本で最も有名な神様といっても過言ではない存在になった菅原道真。生前の勤勉だった逸話や左遷されてからの慎ましい姿が多くの人の信仰を集めたと言われています。日本三大怨霊と呼ばれる以上に、子供から大人まで愛される神様となった菅原道真の姿を見ることができるのが、太宰府天満宮です。

住所 福岡県太宰府市宰府4丁目7-1
電話番号 092-922-8225

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日本三大怨霊にまつわる場所5:大阪天満宮

太宰府天満宮と同じくらい有名な天満宮、それが「大阪天満宮」です。太宰府天満宮に対し、大阪天満宮は「大阪のてんじんさん」と呼ばれ愛されています。菅原道真が左遷される前に、同じ地にあった大将軍社に参ったという歴史があり、菅原道真死後に大将軍社の前に7本の松が生え、霊光を放ったという出来事からこの地で祀られるようになりました。

住所 大阪府大阪市北区天神橋2丁目1-8
電話番号 06-6353-0025

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日本三大怨霊にまつわる場所6:崇徳天皇陵

崇徳天皇の墓所と言われる「崇徳天皇陵」は別名「白峯陵(しらみねみさぎ)」とも呼ばれています。香川県にある崇徳天皇ゆかりの地としてお参りする人も多く、とても大切にされている場所です。この近辺は自然に囲まれ、厳かな雰囲気が漂っています。香川では日本三大怨霊としてのイメージはなく、香川の守り神として愛されています。

住所 香川県坂出市青梅町2677

日本三大怨霊にまつわる場所7:安井金毘羅

香川では守り神として愛される崇徳天皇。しかし、日本三大怨霊の名は伊達ではないと言われている逸話があります。それが崇徳天皇が祀られている「安井金毘羅」にまつわる噂です。京都市にある有名な縁切り、縁結びのご利益のある場所なのですが、ここの縁切り力が恐ろしいと言われるほど強いのです。

崇徳天皇が愛した寵妃、阿波内侍(あわのないし)が住んでいたこと、阿波内侍が崇徳天皇が崩御した時に贈られた自筆の御尊影を観音堂に祀ったことから、安井金毘羅宮で崇徳天皇が祀られるようになりました。

ここでは人間関係の悪縁から、健康や賭け事など、金銭的な悪縁とも縁を切ってくれる場所として多くの人が訪れます。

安井金毘羅の縁切り力は日本三大というよりも日本一といわれるほど。最近では「この体型と縁を切りたい」とお願いした人が突然の体調不良で入院、体重が激減して大好きだった脂っこい料理が食べられなくなったという体験談まであるほど。それは神様ではなく日本三大怨霊、崇徳天皇のゴリ押な力を感じます。

住所 京都府京都市東山区下弁天町70
電話番号 075-561-5127

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日本中で愛される神様

日本三大怨霊と恐れられ、天変地異を引き起こし、多くの人を震え上がらせた三人の偉人ですが、千年経った今その存在は日本中で愛される神様となりました。

日本中に祀られた場所があり、太宰府天満宮は多くの受験生の支えとなり、安井金毘羅は女性に人気の効果絶大の縁結び神社として愛されています。

日本三大怨霊の中でも菅原道真は勉強の神様、厄除けの神様、そして子供の神様として日本中の天満宮に子供たちが多く訪れます。かつては怨霊として恐れられていましたが、謂れのない罪で左遷された後も身の潔白を証明し続けて、死後「天満大自在天神(てんまだいじざいてんじん)」として神様になったことから至誠の神様として信仰されています。

ご利益抜群の日本三大神様!

太宰府天満宮や安井金毘羅のようにすっかり神様として扱われる日本三大怨霊の菅原道真と崇徳天皇。そしていまだに日本三大怨霊の頂点として恐れられる平将門。形は違えど日本の歴史を語るうえでなくてはならない三人の偉人です。今後彼らにゆかりのある場所に行く時は、その生涯も思い出してみてください。

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この記事のライター
柳沢吉

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