南宗寺は大阪の堺にある家康ゆかりのパワースポット!御朱印やアクセスは?

2019年1月1日 (2019年1月3日最終更新)

大阪府堺市にある南宗寺には徳川家康のお墓があることで知られており、重要文化財も多くある見どころがたっぷり詰まったお寺です。パワースポットとしても人気であり、遠方からも訪れる方がいるほどです。そんな南宗寺について紹介します。

目次

  1. 徳川家康のお墓がある南宗寺
  2. 堺にある南宗寺とはどんなところ?
  3. 南宗寺のパワースポットとは?
  4. 南宗寺には徳川家康の墓がある?
  5. 南宗寺の境内の見どころ
  6. 南宗寺で頂ける御朱印はどんなのがあるの?
  7. 南宗寺近辺の観光スポット
  8. 南宗寺の基本情報
  9. 徳川家康の伝説の真偽は?南宗寺にいって確かめてみよう!

徳川家康のお墓がある南宗寺

大阪府泉北地域に位置する堺市。政令指定都市にもなっている堺市には徳川家康のお墓があることで有名な「南宗寺」があります。歴史好きの方がこぞって訪れている南宗寺とは一体どのようなお寺なのでしょうか。南宗寺の見どころや御朱印、アクセス方法などについて紹介します。

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堺にある南宗寺とはどんなところ?

それでは、南宗寺について具体的に紹介していきます。大阪府堺市にある南宗寺ですが、一体どのようなところなのでしょうか。堺市の方のみならず、遠方からも訪れる方が後を絶たないほどの人気スポットである南宗寺の歴史はどのようなものがあるのでしょう。

歴史

南宗寺は1557年、弘治3年に三好長慶によって創建された寺院です。父である元長の菩提を弔うために大林宗套(だいりんそうとう)を迎えて開山した臨済宗大徳寺派のものです。創建された当時は現在の場所ではなく、堺市宿院町付近にあったと伝えられています。

沢庵和尚によって再興

その後、1615年(慶長20年)に行われた大坂夏の陣にて堺の市街と共に南宗寺は焼失されました。その後、当時に住職であった沢庵和尚によって南宗寺は現在の場所に移転して再興されました。その他に、現存する仏殿や山門などは沢庵和尚の死後である17世紀の半ばごろに作られたと言われています・

千利休との深い関係

茶の湯発祥の堺にある南宗寺は、千利休とも深い関係があります。千利休は堺生まれで、堺で茶の湯を大成させましたが、南宗寺にはその千家一門の供養塔があるんです。真ん中にある一番大きな塔が利休であり、右半分は表千家の塔、左半分は裏千家の塔が並んでいます。

南宗寺のパワースポットとは?

南宗寺にはパワースポットがあることでも有名です。パワースポットのご利益を得るために南宗寺に訪れる方も多く、堺市でのパワースポットといえば南宗寺ともいわれているほどなんです。そんな南宗寺のパワースポットとは一体どこなのでしょうか。南宗寺に行かれる際にはチェックしてみてください。

家康公が絶命前に座った石

南宗寺のパワースポットは、家康公が絶命前に座っていたと言われている石です。家康公の死亡には様々な説がありますが、南宗寺にて絶命したという説もありその際に座っていたと言われる石がパワースポットと呼ばれています。石自体が椅子のような形をしており座るのにもぴったりなんです。

パワースポットといわれる理由

この石は座るとご利益が得られるといわれており、パワースポットとして人気の場所になっています。座ったことによって日本統一を果たした家康公の莫大なエネルギーを得られるといわれることによってパワースポットと呼ばれています。気になる方はぜひ座ってみてパワースポットからのパワーを感じてみてください。

南宗寺には徳川家康の墓がある?

南宗寺といえば徳川家康のお墓があるということで知られています。家康公の死に関しては様々な説があり、今でもはっきりとしたことはわかっていませんが実際に南宗寺には境内にお墓があり、現在でも多くの方が訪れています。なぜ南宗寺に家康公のお墓が建てられたのでしょうか。

家康の大坂夏の陣で死亡説

家康公の死亡の説は天ぷらに当たって亡くなったということや腫瘍があったたということなど様々ありますが、南宗寺で亡くなったという説もあります。江戸幕府と豊臣家との間で行われた合戦である大阪の陣。その大阪の陣で豊臣家を滅亡に追いやったのが1615年(慶長20年)に行われた大阪夏の陣です。

その大阪夏の陣にて、家康公が亡くなったという説があります。大阪夏の陣の末期である5月7日に、大阪方からの猛追によって天王寺にある本陣から逃げ出さないといけなくなりました。そこで、家康公はカムフラージュのために駕籠に乗って逃げたとのことです。

本来ならば死者を乗せるための駕籠ですが、その駕籠に乗っているのが家康公だということがばれてしまい、後藤又兵衛らに追撃されたとのことです。槍で突かれてしまった家康公は大けがをしながらも槍の血を必死でぬぐい、血がついていないように見せかけました。

後藤又兵衛は駕籠に対してそれ以上の攻撃をしなかったため、家康公はその時点で首を取られるということはなかったそうです。しかし重傷を負いながらも南宗寺に運ばれて、駕籠をおろして中を確かめるとすでに家康公は絶命していたという話が残っています。その説に伴って南宗寺には家康公のお墓が残っています。

南宗寺にあるのは誰の墓?影武者の真相

ということで、南宗寺には家康公のお墓が残っています。しかし、家康公が亡くなったとされている年齢と大阪夏の陣の際の年齢にはずれが生じています。そこで、家康公は影武者を立てたという説もあるようです。影武者としてなりすましていたのは小笠原秀政です。家康公の影武者説の信憑性が高いのもこの南宗寺にある家康公のお墓なんです。

南宗寺の境内の見どころ

南宗寺には家康公のお墓の他に、様々な見どころがあります。せっかく南宗寺に訪れるならばしっかりと見学していくことをおすすめします。南宗寺では特に境内に多くの見どころがありますのでに紹介します。

重要文化財が境内にたくさん

南宗寺には重要文化財が多くあり、見どころも多いです。時間帯が良ければガイドさんから解説してもらえることも可能なので、どこにどういったものがあるのかをゆっくりと見て回ることができます。境内には一体どこに何があるのかを具体的に紹介します。

仏殿

まずは仏殿です。こちらは1652年に建立されており、1993年には国の重要文化財に指定されています。禅宗建築の技法を用いた府下では唯一の仏殿建築であり、天井にある「八方睨龍」や唐門、山門など見どころが満載です。

仏殿の天井の『八方睨龍(はっぽうにらみりゅう)』

仏殿ではぜひ天井にある「八方睨龍」を見てください。この八方睨龍は、どこから見ても睨んでいるように見える龍の絵であり迫力満点です。この絵を描いたのは狩野信政ですが、狩野信政は権力者や寺院の御用絵師として非常に有名であり、彼が書いた八方睨龍はまさに天井に龍が実際にいるのではないかという気分になります。

唐門

続いては「唐門」です。唐門は江戸時代初期に建立されており、国の重要文化財に指定されています。仏殿の右方にある小規模な門でのことであり、仏殿と同時期の建築と考えられています。というのも、柱の先に突き出た彫物や、柱と柱をつなぐ梁に彫られている模様などが仏殿と同様の形をしています。気になる方はチェックしてみてください。

山門(甘露門)

「山門(甘露門)」も唐門と同様に国の重要文化財に指定されています。山門は1647年(正保4年)に建立されたものであり、二階建てになっており茅葺屋根の楼門形式の門となっています。柱には粽を設けてあったりと禅宗様が見られたりと見どころ満載です。

国の名勝指定された『方丈枯山水庭園』

また、南宗寺には国の名勝庭園に指定された「方丈枯山水庭園」があります。方丈の縁側に座って前庭をゆっくりと眺めていると日本ならではのわびさびを感じることができます。枯山水は、水を全く使わずに石と砂によって山河を表現しています

南宗寺で頂ける御朱印はどんなのがあるの?

近年、寺院に訪れる理由として御朱印集めのためだという方も増えています。御朱印集めは特に若い女性を中心に人気が出ており、御朱印帳に様々な寺院の御朱印を集めていくということが趣味だというケースも多いようです。南宗寺でももちろん御朱印をいただくことができます。

御朱印を頂ける場所

南宗寺の御朱印は、境内の寺務所でいただくことができます。南宗寺に入ってしばらく歩いて境内までいくと寺務所がありますのでそちらでお願いしてください。御朱印を書いてもらうのには少々時間がかかりますのでその間に境内を散策したりガイドさんの話を聞いたりするのもおすすめです。

初穂料(料金)は?

御朱印の料金は500円です。南宗寺の御朱印の種類は、和泉西国三十三カ所客番「大雄宝殿」の1種類のみとなっています。

また、南宗寺ではオリジナルの御朱印帳は販売されていません。南宗寺で御朱印をもらいたいという場合には自分で御朱印帳の準備をしてください。

南宗寺近辺の観光スポット

南宗寺に行かれるのであれば、近隣にある観光スポットも一緒にアクセスみてはいかがでしょう。南宗寺の周辺には見どころたっぷりのスポットが多くあるのです。南宗寺に関連があるスポットも多く、一緒に見学をするとさらに満足度があがります。堺までアクセスされることがあればぜひ参考にしてください。

利休好みの茶室『実相庵』

南宗寺は千利休とも深い関係があるといわれていますが、その千利休好みの茶室である「実相庵」も南宗寺に行かれる際にはぜひアクセスしてほしい観光スポットです。

趣がある茶室は静かな時間が流れています。こじんまりとしていますが、雰囲気は抜群で千利休に思いをはせてゆっくりと過ごすことができます。毎年2月下旬には、「茶聖」である千利休を偲ぶ茶会の「利休忌」が行われています。お茶をたしなんでいる方にはあこがれの茶会とも言われています。

住所 大阪府堺市堺区南旅篭町東3-1-2
電話番号 072-232-1654

こちらのお庭も見事『海会寺』

南宗寺から歩いてすぐアクセスできる場所にある「海会寺」もぜひ訪れてほしいスポットの一つです。海会寺は1332年(元弘2年)に創建された臨済宗東福寺派の寺院であり、南宗寺同様大阪夏の陣にて焼失されましたが、現在の場所に移して再建されました。

再建された本堂、庫裏及び門は悔いの重要文化財に指定されているので見どころ満載です。本堂の内部は17世紀の建築を示しており、なかなか他では見ることができない貴重な寺院建築となっています。建築に興味がある方にもぜひ見てほしい寺院です。ちなみに拝観の際には事前連絡が必要となっていますのでご注意ください。

住所 堺市堺区南旅篭町東3丁1-2
電話番号 072-233-1398

狩野派の障壁画は見ごたえ十分『大安寺』

最後は「大安寺」です。こちらは、室町時代の初期(1400年前後)に徳秀士蔭(とくしゅうしいん)が開祖した臨済宗東福寺派の寺院です。寺域は二町四方と非常に大きな寺院だったといわれています。

大安寺は見どころ満載の寺院ですが。その中でも本堂内部4室にもわたって描かれている障壁画は見ごたえ充分です。この障壁画は17世紀前半の狩野派の作と言われており、金地に様々な松や鶴、藤などが描かれています。建物と内部の障壁画は国の重要文化財に指定されています。

内部は非公開となっており、堺文化財特別公開時にのみ公開されます。気になる方はぜひ特別公開時にアクセスしてみてはいかがでしょう。

住所 堺市堺区南旅篭町東4丁-1-4
電話番号 072-238-1054

南宗寺の基本情報

それでは最後に、南宗寺の基本情報について紹介します。南宗寺の拝観時間は9時から16時までとなっています。また、拝観料がかかるのでご注意下さい。大人は400円、中人300円、小人200円となっています。中では観光ガイドさんがいて南宗寺についての説明を受けることもできます。

アクセス方法

続いては南宗寺へのアクセス方法について紹介します。電車でアクセスされる場合は、阪堺電軌阪堺線の「御陵前駅」から徒歩5分ほどとなっています。御陵前駅の出入口2から出て、細い通りをまっすぐに進んでいきます。すると突き当たりに南宗寺はあります。駅からそう遠くないのでわかりやすいです。

駐車場はあるの?

車でアクセスされる場合、気になるのが駐車場なのではないでしょうか。南宗寺には駐車場が30台完備されているので、車でのアクセスも安心です。また、駐車場は無料で利用することができます。ちなみに駐車場は9時から17時でありており、特に車の制限はありません。

住所 大阪府堺市堺区南旅篭町東3-1-2
電話番号 072-232-1654

徳川家康の伝説の真偽は?南宗寺にいって確かめてみよう!

いかがでしたか。大阪府堺市にある南宗寺について紹介しました。見どころが沢山ある南宗寺ですが、なんといっても徳川家康が南宗寺で亡くなったという説は非常に興味を引くものではないでしょうか。歴史好きの方はもちろんのこと、パワースポット巡りや御朱印巡りなどが趣味の方、ぜひ南宗寺に足を運んでみてはいかがでしょう。

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この記事のライター
reiko

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