伝通院は歴史上の人物が眠るお墓がある寺院!御朱印やお守りもご紹介!

2019年9月9日 (2019年9月10日最終更新)

小石川にある伝通院には、歴史上でも大変重要な人物が眠っているお墓があります。伝通院は、とても趣のある寺院で、御朱印やお守りも人気があるほどです。そこで、小石川にある伝通院の見どころやおすすめスポット、人気の御朱印やお守り、アクセス方法についてご紹介します。

目次

  1. 小石川にある伝通院はお墓もお守りも人気の寺院
  2. 伝通院は小石川にある浄土宗の由緒ある寺院!
  3. 伝通院の概要
  4. 伝通院に眠る著名人
  5. 伝通院の見どころ・おすすめ
  6. 伝通院の行事・イベント
  7. 伝通院へのアクセス
  8. 伝通院は歴史上の人物が数多く眠る見所満載のおすすめ寺院!

小石川にある伝通院はお墓もお守りも人気の寺院

東京都文京区の小石川にある伝通院は、徳川家に関するお墓があるため、非常に有名な寺院です。その迫力ある山門は、一見の価値があり魅力的です。歴史好きの間では、大変人気のあるおすすめなスポットで、伝通院の御朱印やお守りを求めて、多くの人が訪れています。

そこで伝通院の概要だけでなく、歴史や見どころ、さらには御朱印やお守り情報、そして伝通院までのアクセス方法などもご紹介していきます。ぜひ、由緒ある伝通院で、徳川の歴史を勉強し直してみませんか。

伝通院は小石川にある浄土宗の由緒ある寺院!

伝通院は、東京ドームや後楽園からもほど近い場所にある、小石川にある浄土宗の由緒ある寺院です。伝通院という表記で知られていますが、「でんつういん」ではなく、「でんづういん」と読みます。

文京区内には数多くの寺院がありますが、伝通院はその中でもとても立派な井出達が人気の寺院です。歴史好きの方や、徳川家康が好きな方にとっては、とても興味深い寺院としても知名度があります。そのため、御朱印やお守りなども人気が高く、ぜひとも1度はチェックして頂きたい場所です。

徳川家ゆかりの人物らが眠るお墓があることで知られている

伝通院は、徳川家ゆかりの人物らが眠るお墓があることでも知られています。それは、この伝通院が建てられた経緯にも関係があります。徳川家康が創建した伝通院は、なぜ伝通院と名付けられたのか、何故徳川家の重要な人物のお墓がここ小石川に集まっているのか、その経緯を知ってからアクセスすると、より一層伝通院の魅力が体感できるでしょう。

今記事では、その経緯や伝通院の歴史、さらには伝通院に眠っている著名人などもご紹介していきますので、徳川の歴史と共に、予習してみてはいかがでしょうか。

伝通院の概要

それでは、まずは伝通院の主な概要からご紹介していきましょう。伝通院は、東京都文京区の小石川にありますが、周辺には、JRや地下鉄の駅があるのでアクセスも大変しやすい場所にあります。また小石川周辺にお住いの方でしたら、バスでもアクセスが可能ですので、足を運びやすい場所にある寺院とも言えるでしょう。

正式名称は「無量山 傳通院 寿経寺」

伝通院は、正式名称が「無量山 傳通院 寿経寺」と言います。読み方は、「むりょうざん でんづういん じゅきょうじ」です。江戸三十三箇所観音札所の中で、第十二番札所でもあるので、歴史などに詳しい方には「小石川伝通院」とも呼ばれている寺院です。

「無量山 傳通院 寿経寺」は、浄土宗の信仰の厚さを感じられる施設が要所にあり、都内の中でも大変歴史的な経緯がある寺院としても知られています。また浄土宗を信仰していない方でも、一見の価値がある寺院ですので、毎年訪れる方もいるほどです。

伝通院の歴史

伝通院のスタートは、応永22年に遡ります。浄土宗第七祖了誉によって開かれたとされている、無量山 寿経寺という今よりも小さな草庵から始まりました。慶長7年には、家康の生母である於大の方の菩提寺ともなり、第三代将軍家光の次男である亀松が葬られています。そのため、徳川家の数多くの伽藍を有する、大寺院へとなっていきました。

徳川家康の母である於大の方の法名は「伝通院殿」です。そこからこの寺院が「伝通院」と名付けられたわけです。慶長18年には、増上寺の学問僧300人が移り、僧侶を養成する関東の十八檀林の上席ともなっています。その際には、常時1000人もの学僧がいました。

この教学の精神は今でも引き継がれており、明治24年には、現在の淑徳SC中等部・高等部にあたる、淑徳女学校を境内に設立。教学の振興や社会事業にも貢献している寺院です。

伝通院に眠る著名人

伝通院には、徳川家にゆかりのある歴史上の人物が数多く眠っておりお墓がありますが、それだけでなく新選組に関わりのある人や有名作家なども、こちらにお墓があります。

歴史的な人物だけでなく、文京区の小石川という場所柄もあり多くの文化人のお墓もある寺院ですので、ぜひ併せてチェックしてみて下さい。

伝通院の魅力をより感じるために、伝通院を何故最後の地に選んだのかという経緯を知っておくのも、大変おすすめです。東京都内でも小石川はとても静かな場所で、趣のあるエリアでもあります。学校や大学なども集まっている学業に力を入れているエリアでもありますので、そんな観点から伝通院を見てみるのも面白いでしょう。

徳川幕府第二代将軍秀忠の娘・千姫

伝通院には、徳川幕府第2代将軍秀忠の娘である千姫のお墓があります。2代将軍徳川秀忠の長女だった千姫は、のちに豊臣秀頼・本多忠刻の妻でもありました。父は徳川家康の跡継ぎ、母は織田信長の妹という、特殊な家庭に生まれた千姫。

千姫はなんとわずか2歳の時に、豊臣秀吉によって、息子である6歳の豊臣秀頼と婚約させられています。その後、豊臣秀吉の死により徳川家康に天下を取られることを懸念した豊臣秀頼の母により、結婚は早められました。千姫が6歳、豊臣秀頼が11歳の時でした。残念ながら2人には子供は出来ませんでしたが、仲は良かったようです。

ただ、大坂夏の陣などもあり豊臣秀頼は自害。豊臣家が滅びたのち、21歳の時には千姫は本多忠刻と再婚しています。しかしその後、本多忠刻は31歳の若さで結核で死去。奇しくも大阪城が落城した日でした。千姫は70歳で死去していますが、人生は波乱万丈でした。

徳川幕府第三代将軍家光の正室・孝子の方

徳川幕府第三代将軍家光の正室であった孝子の方のお墓もあります。鷹司孝子(たかつかさ たかこ)は、家光が征夷大将軍宣下を受けるため江戸へ下った際の1624年に祝言を行い、翌年に正式に徳川家光と婚礼し、御台所となった人物です。

1651年に徳川家光が亡くなった後は、落飾して本理院と号しています。1664年には、京都へ上洛し、後水尾上皇に拝謁しています。その後鷹司孝子は、73歳まで生き、1674年に死去しています。

ここ徳川家とゆかりのある伝通院にお墓がある孝子ですが、徳川家光との仲は険悪で、お世辞にも結婚生活はうまくいっているとは言えなかったそう。そのため、伝通院にお墓があるのは可哀そうという声もあるようです。

「生野の変」の総帥・澤宣嘉

「生野の変」の総帥でもある、澤宣嘉のお墓もここにあります。澤宣嘉は、幕末の公卿で、権中納言である姉小路公遂の五男でもあります。官位は従三位の右衛門権佐でした。維新後は、初代外務卿を務めた人物です。

1867年の王政復古の後には、参与や九州鎮撫総督、長崎府知事などの要職も務めている人物で、九州では知名度のある澤宣嘉です。1869年には、外国官知事から外務卿になり、外交に深く携わりました。

外務卿としては、日本とオーストリア=ハンガリーの二重帝国との間に、最初の条約である、日墺修好通商航海条約を締結して、国交を樹立させました。ただし、残念ながらロシア公使として着任する前に、38歳という若さで病死してしまいました。

後に新撰組となる浪士隊を編成した清河八郎

後に新撰組となる浪士隊を編成した、あの清河八郎のお墓も伝通院にはあります。清河八郎は、江戸時代末期の幕末に庄内藩から出た志士でした。田中河内介と一緒に九州遊説をした後、尊王攘夷派の志士を京都に呼び寄せました。その一方で、浪士組を結成して新選組や新徴組への流れを作った人物です。

また、虎尾の会を率いて、明治維新の火付け役となった清河八郎ですが、本名は齋藤正明と言います。清川八郎と改名したのち、さらに清河八郎を名乗りました。

江戸に戻ったあとも浪士組を動かそうしていましたが、京都で幕府と対立していたため、幕府の刺客であった佐々木只三郎や窪田泉太郎などによって麻布赤羽橋で首を討たれてしまいます。わずか34年で人生の幕を閉じました。清河八郎のお墓は伝通院にありますが、首だけが埋葬されているそうです。

近代日本の小説家・佐藤春夫

近代日本の詩人そして作家だった、佐藤春夫のお墓もあります。艶美清朗な詩歌や、倦怠感と憂鬱さをテーマとした小説を軸に、文芸評論や随筆、さらには童話や戯曲などと、その活動は多岐に及んでおり、佐藤春夫はとても多彩な人物でした。

明治末期から昭和まで、長年に渡って活発的に活動した佐藤春夫は、筆名を潮鳴、沙塔子とし、雅号も能火野人と称していました。72歳でこの世を去っています。

‎直木賞作家・柴田連三郎

直木賞作家である、柴田連三郎のお墓も伝通院にはあります。「しばれん」という相性でも知られています。

柴田連三郎は、日本を代表する小説家、そしてノンフィクション作家で、中国文学者でもありました。

伝通院の見どころ・おすすめ

次に、伝通院のおすすめな見どころをご紹介していきましょう。伝通院は、都内の一等地にある寺院ですが、広い敷地にある寺院ですので、散策も楽しくおすすめです。伝通院を訪れる際には、ゆっくりと時間をとってアクセスした方が、より一層伝通院の魅力を体感できるでしょう。

伝通院の境内

伝通院の正面には、山門があります。山門は、2013年の3月に再建されているため、比較的新しく綺麗です。とても迫力のある山門は、都内の一等地とは思えないほど大きく、総ヒノキ造りなので立派です。

山門から本堂に向かう左手には、美しい建築の鐘楼がありますし、境内には梅や桜が植えられいます。その他にも、休憩所となる観音堂などが、ゆったり配置されていますので、境内を散策する際にもおすすめです。

伝通院の本堂

江戸時代から残っていた山門も含めて、当時の本堂はすべて戦災で焼失してしまっています。昭和24年に再建され、美しく生まれ変わりました。

夏目漱石が小説「こころ」で伝通院を描いていたり、作家の永井荷風がエッセイで、パリのノートルダム寺院に例えたほど、伝通院の本堂は素晴らしいのでおすすめです。

伝通院の御朱印

江戸三十三観音の第十二番札所にもなっている伝通院は、御朱印巡りで訪れる方も多くいます。御朱印と聞くと神社を思い浮かべる方も多いようですが、ここ伝通院でも御朱印は頂くことが可能です。

伝通院の御朱印は、本殿脇の納経所で頂きましょう。「本尊阿弥陀仏」の墨書に、三法印を押して頂ける本尊の御朱印と、「無量聖観世音」の墨書に、三法印が押される江戸三十三観音の御朱印の2種がありおすすめです。

伝通院のお守り

伝通院では、お守りも販売されています。伝通院で開催される朝顔市などでも人気となっているお守りは、一般的なお守りは一通り販売されていますので、ぜひチェックしてみて下さい。

またお守りと一緒に、おみくじも販売されていますので、ぜひ徳川ゆかりの寺院で、お守りと一緒におみくじも楽しんでみてはいかがでしょうか。お守りはお土産にもおすすめです。

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伝通院の行事・イベント

小石川の地元の方の憩いの場にもなっている伝通院では、季節に合わせて色々なイベントが開催されています。

遠方からも毎年訪れているという方も多くいますので、ぜひ一度アクセスしてみてはいかがでしょうか。

夏祭り

伝通院で行われる夏祭りは、文京区でも有名なお祭りで、浴衣姿の区民が多く訪れる一大イベントです。

伝通院の境内では、盆踊りなども開催され、山門にはちょうちんがぶら下がって燈されます。夏祭りの際は、凛とした雰囲気に包まれますので、夏祭りの際にアクセスするのもおすすめです。

ほおずき市

伝通院では、朝顔・ほおずき市も人気があります。文京区のイベントなため、区内の各所で行われているイベントです。

ここ伝通院では、鉢植え販売をはじめ、パフォーマンスなどの催しが多数行われますので、こちらも併せておすすめです。

伝通院へのアクセス

それでは、最後に伝通院へのアクセス方法も取りまとめてご紹介しておきましょう。伝通院の周辺には、交通機関が網羅されていますので、便利です。

車でアクセスするのもいいですが、1番便利なのは電車でのアクセスでしょう。その他にも都バスも活用できます。

地下鉄利用の場合

地下鉄で伝通院にアクセスする場合には、東京メトロ丸ノ内線そして南北線の「後楽園」駅が最寄り駅になりあす。徒歩10分ほどですので、散策がてらに行くにもちょうどいい距離です。

他にも、都営地下鉄三田線や大江戸線でしたら、「春日」駅からも徒歩でアクセスできます。こちらも徒歩10分ほどですので、どちらの駅からも同じぐらいの距離です。

バス利用の場合

バスでのアクセスを考えている場合は、都バスを利用してください。都バスの都02、都02乙、そして上69の路線を利用し、「伝通院前」バス停からでしたら、徒歩2分です。

都バスでしたら、伝通院のすぐ近くまでバスでアクセスできますので、天候が悪い際などはこちらがおすすめです。

住所 東京都文京区小石川三丁目14番6号
電話番号 03-3814-3701

伝通院は歴史上の人物が数多く眠る見所満載のおすすめ寺院!

東京都文京区の小石川にある伝通院は、徳川家康が亡き母、於大の方を祀るために建てた由緒ある寺院でした。歴史好きでなくても、一度は見ておく価値があるほど、とても立派な寺院です。伝通院は、入り口でもある山門からして、迫力満点です。

ぜひお天気のいい日に伝通院を訪れて、境内を散策されてみてはいかがでしょうか。また江戸三十三箇所観音札所の第十二番札所にもあたりますので、ぜひ他の32か所も回られてみてもいいかもしれません。

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この記事のライター
Liona-o

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