姫路城の歴史を巡る旅!城と黒田官兵衛関係は?千姫とはどんな存在?

2017年5月18日 (2018年7月5日最終更新)

国の特別史跡として良く知られている「姫路城」。ここの城は白い城の代名詞としても有名であり、歴史的価値のある城の一つです。姫路城はどのような歴史のある城なのか、この城でよく聞く「黒田官兵衛」や「千姫」とはどのような人物なのかなどをまとめて紹介します。

目次

  1. 姫路城とはどのような歴史の城でしょう
  2. 姫路城の歴史観光!見どころまとめ
  3. 姫路城へのアクセス方法
  4. 姫路城の歴史観光情報
  5. 姫路城の歴史年表1.城の始まり
  6. 姫路城の歴史年表2.黒田官兵衛
  7. 姫路城の歴史年表3.戦国
  8. 姫路城の歴史年表4.姫路城の改修
  9. 姫路城の歴史年表5.江戸時代
  10. 黒田官兵衛にも縁のある温泉
  11. 姫路城に行ってみよう

姫路城とはどのような歴史の城でしょう

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姫路城は兵庫県姫路市にある城で、別名「白鷺城」とも呼ばれています。姫路城は国宝に指定されていて、平成5年12月には日本で初の世界遺産の一つと認定されました。今見ることができる天守閣は慶長14年(1609)に作られたものであり、大変歴史を感じ入ることができる城として人気があります。白い天守閣と周りを囲む小天守が繋がっている連立式天守と呼ばれています。そんな姫路城について、ご紹介していきます。

姫路城の歴史観光!見どころまとめ

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姫路城の天守閣は建設当時のものが残っている現存12天守の中の一つです。天守閣は外観は5重、内部は地上6階・地下1階の作りとなっていて、最上部には鯱が乗っています。千鳥破風、唐破風などを組み合わせた大変美しい外観が有名です。その他にも小天守や多くの櫓や門、二の丸、西の丸からなっていて、広大な敷地があり、一言ではまとめらえないほどの見どころたっぷりの城です。

姫路城へのアクセス方法

電車ではJR「姫路駅」から北口から神姫バスに乗り、「大手門前バス停」で降りると5分ほどで姫路城に行くことができます。また、「姫路駅」からは徒歩20分ほどで歩いていくことも可能なので、散歩をしながら城下町を楽しむこともおすすめです。駅を降りたら目の前に姫路城が見えるので、迷うことはありません。

車でのアクセス方法まとめ

車では山陽自動車道の「山陽姫路東IC」で降りると姫路城へ行くことができます。駐車場は姫路城入口から一番近い大手門駐車場は3時間以内は500円、それを超えると一日以内で800円で駐車することができます。近くにはお土産屋さんや食べ物屋が並んでいて、大変利用しやすい駐車場です。その他にも大手前公園地下駐車場や姫山駐車場など豊富であり、車でも安心してアクセスできます。

姫路城の歴史観光情報

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姫路城は9時から16時まで開城していて閉城は17時です。4月27日から8月31日までは9時から17時まで開城していて閉場は18時です。入場料は大人1000円、子ども300円で、姫路城と好古園との共通入場券もあり、お得に購入することができます。観光ガイドもあり、ガイド一人につき2000円で申し込むことができます。外国語でのガイドもしてくれるので、上手に利用すると良いでしょう。

国宝姫路城大入実況!

「国宝姫路城大入実況」のサイトからは姫路城の混雑状況や待ち状況、駐車場状況などをリアルタイムで知ることができます。さまざまなお知らせがまとめられていたり、混雑時には臨時駐車場が設けられたりすることもあるので、姫路城に行く前にはチェックをしていくと良いでしょう。

姫路城の歴史年表1.城の始まり

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姫路城は1333年(元弘3年)に赤松則村が砦を作ったことが起源であるとされています。その後息子の赤松貞範が本格的な城を築城し、初代城主となりました。貞範が新しく庄山城を築いて移ってからはその一族である小寺氏が治めるようになりました。応仁の乱で一時期山名氏の支配下になりますが、赤松氏が姫路城を奪還し、7代城主に赤松政則が就任しました。そして、姫路城代として小寺氏が任命されます。

姫路城の歴史年表2.黒田官兵衛

1545年に10代目の城主を務めていた小寺則識が御着城に移動したことにより、小寺氏の家臣である黒田重隆が任命されました。重隆は黒田官兵衛の祖父にあたります。黒田官兵衛は1567年に14代目の城主となり、6年間城を守りました。官兵衛は大変優秀な人物として今でもよく知られています。

黒田官兵衛人物年表「始まり」

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黒田官兵衛は天文5年(1546)に黒田職隆の嫡男として姫路で生まれました。元服する前から大変優柔な人物であると認められ、主君の小寺政職に近習として仕えていました。天正3年(1575)頃、播磨の国は織田方に味方するか、毛利方に味方するかの選択を迫られていました。その中、官兵衛は織田信長という人物の才覚を見極め、織田方につくことを進言しました。これは官兵衛にとって転機となりました。

黒田官兵衛人物年表「翻弄」

官兵衛は信長に謁見し、織田軍の中で中国地方攻めを行っていた豊臣秀吉の軍師となり、参謀として活躍していきました。天正6年(1578)に三木城の別所氏らが反旗を翻し、毛利氏がそれに呼応しました。その中の一人の「荒木村重」を説得しに、官兵衛は一人で有岡城へ向かいますが、捕えられてしまい、そのまま牢屋に幽閉されてしまいました。

黒田官兵衛人物年表「活躍」

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官兵衛は一年後に家臣である栗山利安に救出されますが、牢屋暮らしの影響で髪は抜け落ち、左足が動かなくなってしまいました。その時に湯治に出かけたのが有馬温泉と言われています。その後、高松城攻めの最中に織田信長が「本能寺の変」で自刃し、豊臣秀吉にすぐに毛利氏と講和をして主君の仇討をするため京都へ行く「中国大返し」を進言し、10日で全軍を移動させました。

黒田官兵衛人物年表「軍師」

官兵衛はその後豊臣秀吉と共に日本の平定に奔走します。九州攻め終了時には豊前国の6郡(約12万石)をもらい、「中津城」の築城を開始しました。天正17年(1589)5月には黒田家の家督を嫡男である長政に譲りましたが、官兵衛はは秀吉の側近としてそのまま活躍しました。文禄元年(1592)には剃髪し「如水」と名乗りました。関ヶ原の戦いでは中津城で留守居を務め、慶長9年(1604)59歳で亡くなりました。

姫路城の歴史年表3.戦国

姫路城は中国地方と近畿地方を結ぶ大変地理的に重要な地にある城であり、多くの戦国武将から重要視されてきました。黒田官兵衛が豊臣秀吉に姫路城を献上したことで秀吉が15代目の城主となりました。秀吉は三層の天守閣を築き、秀吉が大阪城へ移った後には弟の秀長らが姫路城主となりました。

姫路城の歴史年表4.姫路城の改修

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慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの後には「池田輝政」が姫路城城主として就任しました。要衝の地「姫路」で、まだ力を持っていた豊臣家の家臣をけん制するのが目的でもあったので、徳川家康は姫路城の大改修を命じます。約8年間の改修をし、姫路城は現在のような最高峰の城郭建築の城へと変わっていきました。

姫路城の歴史年表5.江戸時代

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池田輝政が亡くなると、跡継の「光政」がまだ幼いということを理由に池田家は鳥取へと転封させられてしまいました。その後姫路城へ入城してきたのが、徳川四天王としても名高い本多忠勝の息子である「本多忠政」でした。忠政は千姫の義理の父親にあたります。その後、姫路城主は榊原氏、松平氏など城主がどんどん変わっていき、寛延2年(1749)に酒井忠恭が城主に就任してから明治維新まで酒井氏が続きました。

姫路城で有名な千姫まとめ「誕生」

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姫路城に縁のある人物として「千姫」が挙げられます。千姫は1597年徳川家康の息子秀忠とお江の間に生まれました。2歳の時には時の覇者豊臣秀吉の命令により、秀吉の息子秀頼(6歳)と婚約し、5年後には婚姻をしました。人質とも言える政略結婚だったものの二人の仲は良かったと伝えらえています。しかし、1615年大阪夏の陣で住んでいた大阪城は落城し、夫と義理の母淀殿は自刃してしまいますが、千姫だけは救出されます。

姫路城で有名な千姫まとめ「幸せ」

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その後1616年に千姫は「本多忠刻」と結婚をします。忠刻の父親である「本多忠政」が1617年に姫路城城主となったので、共に姫路城へと入城しました。その時、夫忠刻には千姫の化粧料として10万石が与えらえ、その化粧料で化粧櫓などが建てられたと言われています。千姫は1男1女に恵まれ、幸せな暮らしを姫路城でしていたとされています。

姫路城で有名な千姫まとめ「晩年」

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しかし、嫡男「幸千代」は3歳で亡くなってしまい、その後は本多家の繁栄を天満宮などに祈りましたが、子どもに恵まれませんでした。1626年5月には夫忠刻が亡くなってしまい、長女と共に江戸へ戻り、髪をおろし「天樹院」として、二人の冥福を祈りながら暮らしたと伝わります。そして1666年70歳で生涯を終えました。

黒田官兵衛にも縁のある温泉

黒田官兵衛や豊臣秀吉を中心とした戦国武将も癒したとされる温泉の一つが兵庫県にある「有馬温泉」です。「有馬温泉」は日本三古湯の一つでもあると言われていて、大変歴史のある温泉です。現在では温泉旅館や日帰り温泉施設などが数多く揃っています。豊臣秀吉にちなんだ「太閤の湯」などもあり、歴史を感じながら入浴を楽しめるように工夫をされているところもあります。

姫路城に行ってみよう

姫路城は国宝であり、ユネスコの「世界文化遺産」にも登録されている大変立派な城です。歴史的にもとても重要な城であり、黒田官兵衛や千姫などの良く知られている人物が関係している城の一つでもあります。大変広い城内は見どころたっぷりであり、ゆっくりと時間をかけて見て回りたくなる城です。歴史を学ぶために行く時と、歴史を学んでから行くときとまた違った見方ができるでしょう。

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