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山形城は日本百名城の一つ!城マニアがおすすめする見どころまとめ!

山形城は日本百名城の一つ!城マニアがおすすめする見どころまとめ!
投稿日: 2017年10月13日最終更新日: 2020年10月8日

山形城は日本百名城の一つに選定されており、現在復元計画が着々と進行している城です。もともと奥羽地方最大の城域を持つ山形城は、まさに今昔の姿をよみがえらせようとしている途上にあり、見どころがたくさん。そこで山形城の見どころや復元状況などについて調べてみました。

山形城は日本百名城の一つ見出し

日本には江戸時代からの天守が残る城が12あり、現存十二天守と呼ばれて歴史好きのファンが多く訪れます。しかしもともとは25000にも及ぶ城があったと言われ、歴史の流れの中で多くの城が失われました。そしてそれらの中には現在、復元に向けて動いている所が多くあります。その一つの、山形城の歴史や見どころなどについて紹介します。

山形城はどこにある?見出し

山形城は山形県山形市にあった平城です。別名は霞城、霞ヶ城、吉字城と呼ばれていました。関ヶ原の合戦のころに起こった長谷堂合戦の際、富神山に陣取った直江兼続がこの城を十日間見ていたが、かすみがかかって何も見えなかったので「霞城」と呼んだためだと言われます。

また、山形城には三の丸の出入口が11あり、「十」「一」「口」から吉字城と呼ばれたそうです。これは最初に山形城を作った斯波氏が阿弥陀仏を篤く信仰していたため、そのあとを継いだ最上家も多くの寺を残し、「吉」の字を縁起がいいとして出入口を11造ったのだとされています。

1986年に国の史跡に指定されているのですが、現在はそのほとんどがなくなっており、二の丸や大手門などが復元されつつあります。二の丸跡が霞城公園として整備され、桜の時期など、また歴史ファンなどが訪れる場所となっています。2006年、日本百名城に選定されました。

山形城へのアクセス見出し

山形城は駅からのアクセスが近い城の一つです。最寄り駅はJR山形駅で、駅の西口から南門までは徒歩8分、東口から東大手門までは徒歩12分ほどです。問題なく歩いてアクセスできる距離ということになります。

山形駅までは山形新幹線を使います。山形新幹線は福島で分かれるミニ新幹線で、奥羽本線を走って新庄までを結びます。ですから新潟、秋田方面からは奥羽本線で、仙台からは仙山線でアクセスすることになります。山形駅は複数方面からのアクセスが可能なので、行きやすいルートを選ぶといいでしょう。

車でアクセスする場合には、最寄りは山形蔵王ICとなります。ここから約15分から20分ほどで山形城に到着します。車の出入りは北門からのみとなっており、入ってすぐのところに無料駐車場があります。車でのアクセスの場合はこちらを利用するといいでしょう。なお、東大手門近くにも市営駐車場がありますが、こちらは有料となっています。

山形城の歴史見出し

もともと山形城のあった場所は羽州街道と笹谷峠の合流点にあたります。そのため、鎌倉時代までは最上郡の中心地として栄えた土地だったと考えられており、発掘の際に奈良・平安時代の竪穴住居跡なども出てきています。

1356年、斯波兼頼が羽州探題としてこの地に入ります。兼頼は翌1357年に山形城を築城しました。それ以後、斯波氏は最上を名乗り、山形城は最上家代々の居城となります。慶長年間になり、最上家の第11代当主・最上義光が増築を行います。

義光は三の丸を増築し、そこに家臣団屋敷を作ります。さらに城下町の整備を行いました。この結果、山形城は三の丸の広さが約235万㎡と、奥羽地方最大、日本全国でも5番目の広さを持つ城となりました。さらに最上家は慶長出羽合戦で出羽57万石の領主となり、山形城はその最上家の城となります。

しかし1622年、最上家に最上騒動が起こり、その結果として改易されることとなります。最上家に代わって山形城には鳥居家が入り、この鳥居氏によって二の丸の堀や土塁、石垣などが改修されました。ところが山形城はこの後藩主の交代が行われ、それに伴って藩主の石高が減少したため、広大な城の維持ができなくなっていきます。

幕末を迎えるころには、既に本丸は更地、三の丸の半分は田畑、御殿は二の丸にあるという状態になっていました。さらに明治に入り、城が売りに出された結果、陸軍の兵営が置かれ、櫓や御殿などは破却、本丸や三の丸の堀は埋め立てられてしまいました。

戦後も二の丸は霞城公園になり、市街地化も進みました。こんな中、前述したように1986年に国の史跡となったことをきっかけに、復元計画が持ち上がります。江戸末期の史料を利用することで、歴史的建造物などを復元することになり、現在に至っています。

山形城の特徴見出し

山形城にはいくつかの特徴があります。前述した三の丸の出入口が11あるというのも全国的に見て珍しい点ですし、その背景には最上家の信仰心とのかかわりがありました。そのほかにもいくつかの特徴があるので紹介します。

まず1点めは城の本丸よりも城下町が高い位置に作られているということです。つまり、本丸よりも二の丸、三の丸の方が標高が高いということになり、これは全国的に見ても非常にまれな構造となっています。

さらに、前述したように、山形城は日本全国でも5番目の面積を持つ城なのですが、これには理由があります。一般的に日本の城の場合、城郭の外側に家臣団の武家屋敷、城下町を配置します。ところが山形城の場合、三の丸に最上家の家臣団の屋敷が配置されているのです。

しかも三の丸には商業地やお寺なども組み込まれており、これが結果的に城郭の面積を大きくしました。前述した山形城の面積の235万㎡ですが、江戸城の広さを上回ります。さらに三の丸と霞城公園の大きさは姫路城の外郭、内曲輪よりも大きいのです。

山形城の見どころ見出し

山形城はこのように、広大な敷地を持ちますが、後述するように現在復元が行われている最中です。現在は東大手門、大手橋、高麗門、土塀などが復元されていますが、これらはいずれも江戸時代末期の史料をもとに復元が行われているので、この時期の山形城の建造物をうかがい知ることができます。

特に東大手門は市制100周年の記念事業として復元され、その規模は江戸城の城門に匹敵すると言われており、立派なものになっています。また二の丸、三の丸の水堀は現在地下に埋没しているところが多いものの、現在の発掘調査の結果ではよい状態で保存されていることが確かめられているので、これからの復元作業が期待できます。

山形城の桜見出し

山形城は、桜の名所としても知られています。山形城の桜は1906年、日露戦争の凱旋を記念して、ここを兵営としていた歩兵三十二連隊の帰還将兵によって植えられました。ほとんどがソメイヨシノで、約1500本が美しく咲き誇ります。

桜が見どころになるのは4月中旬から下旬ごろと、東京あたりからは少し遅くなります。ソメイヨシノとともにオオシマザクラや樹齢600年にもなるエドヒガンも美しく、山形城の桜の見どころと言えるでしょう。また夜にはライトアップが行われ、堀沿いの桜が幻想的な光景を現出させます。夜桜は特に見どころといえるので、ぜひ見にいきたいものです。

山形城は復元中見出し

前述したように、山形城は最上家が改易になったこともあり、その後藩主が変わるごとに石高が減っていきました。最上家の時期には57万石で内高は100万石を超えるとも言われていたのですが、最終的には5万石となり、山形城を維持できる状態にはなくなっていたのです。

そのため、山形城の復元に必要な歴史的資料が乏しいようで、広く資史料を募っているようです。とはいえ、陸軍が埋めてしまった堀なども復元していますし、門なども伝統的な建築様式での復元が行われています。そのため、復元した部分に関しては歴史ファンの評価も高いようです。

本丸全体の発掘調査は2033年までかかる予定となっています。現在この山形城の範囲内には博物館や野球場などの文化・スポーツ施設が多く作られているのですが、これらも順次撤去して整備をしていく予定があるようです。整備にしたがって見どころも増えていくことが期待できます。

山形城の周辺スポット見出し

現在、霞城公園の中には博物館や体育館など、多くの施設があります。今後山形城の復元に伴い、これらは移転する可能性があります。今回は2017年時点で山形城の中にある施設について紹介します。

山形県立博物館

1971年に開館しました。いわゆる総合博物館で、歴史だけではなく、山形県の自然にかかわる展示などもあるため、山形県について多方面から知ることができます。分館の教育資料館は旧山形師範学校本館で国の重要文化財に、また附属の自然学習園となっている琵琶沼一帯は県の天然記念物に指定されており、見どころもたくさんです。

山形市郷土資料館

山形城や郷土の資料、医学に関する資料などを展示しています。それというのも、この建物そのものが国の重要文化財なのです。もとは1873年に建てられた済生館という病院で、全国的にも唯一の明治初年の病院遺構なのです。病院の老朽化に伴い改築することになったときに、その貴重さから移転復元することになり、現在に至ります。

最上義光歴史館

1989年に開館しました。名前の通り、最上家と最上義光に関わる資史料を蒐集、展示し、顕彰することを目的として作られました。前述の通り、最上家は山形城を本拠として大きな力をもっていたので、山形城を観光するならこの歴史館は外せないところです。

山形城を攻略しよう見出し

山形城は全国的に見ても非常に大きな城域を持ち、中には山形城に関わる知識を深める施設なども多く存在しています。駅からのアクセスもよく、また山形駅そのものも新幹線でのアクセスが可能で行きやすいところと言えるでしょう。これからの復元計画の進展により、何度来ても楽しめる城になっていくことが期待されます。

投稿日: 2017年10月13日最終更新日: 2020年10月8日

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