日光東照宮『陽明門』の歴史や由来まとめ!彫刻にまつわる逸話などもご紹介!

日光東照宮『陽明門』の歴史や由来まとめ!彫刻にまつわる逸話などもご紹介!

日光東照宮のメインの門と言える陽明門。平成の大修理が行われ、2017年3月に創建当時の姿に生まれ変わりました。日光東照宮の陽明門が人々を魅了し続けるのはその美しさだけではなく、歴史や数々の彫刻、そこに込められた思いや未だ明かされない謎があるからです。

記事の目次

  1. 1.日光東照宮「陽明門」は謎の多い国宝
  2. 2.日光東照宮とは
  3. 3.陽明門とは
  4. 4.陽明門は日光東照宮で一番豪華な門
  5. 5.日光東照宮「陽明門」の歴史
  6. 6.日光東照宮「陽明門」の名前の由来
  7. 7.日光東照宮「陽明門」の2つの別名
  8. 8.日光東照宮「陽明門」は特徴と謎だらけ
  9. 9.日光東照宮「陽明門」の髄身門
  10. 10.日光東照宮「陽明門」には500を超える彫刻がある
  11. 11.日光東照宮「陽明門」に掘られた霊獣の数々
  12. 12.日光東照宮「陽明門」でしか見られない霊獣「龍馬」(りゅうば)
  13. 13.日光東照宮「陽明門」に描かれた様々な物語
  14. 14.日光東照宮「陽明門」に彫られた「千人唐子の知恵遊び」
  15. 15.日光東照宮「陽明門」に彫られた中国の道徳を表現した彫刻
  16. 16.日光東照宮「陽明門」は陰陽道の影響を強く受けている
  17. 17.日光東照宮「陽明門」の逆さ柱
  18. 18.日光東照宮「陽明門」と北極星の関係
  19. 19.日光東照宮「陽明門」の東西回廊も必見
  20. 20.日光東照宮へ行ったら陽明門の美しさと謎に触れよう

日光東照宮「陽明門」は謎の多い国宝

Photo by k14

栃木県の日光東照宮には8つの国宝があり、その中の1つである陽明門は平成の大修理を経て、2017年3月に創建当時の豪華絢爛な姿に生まれ変わりました。日光東照宮の陽明門には門を守る霊獣の他、中国の道徳を説いた彫刻が掘られています。今回は日光東照宮の陽明門について、歴史や彫刻の数々、未だ明かされていない謎についてご紹介していきます。

日光東照宮とは

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日光東照宮は、栃木県日光市にある神社で、正式名称を「東照宮」といいます。1617年(元和3年)に江戸幕府を開いた徳川初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現が祀られています。

家康自身は駿府(現在の静岡)で死去しましたが、「遺骸は駿府の久能山に、一周忌の後に日光山に小さな堂を建てて神として祀ること」という遺言により、創建されました。現在の社殿のほとんどが三代将軍徳川家光による「寛永の大造替」で建て替えられたものです。

社殿には平和を表す「眠り猫」や「見ざる・言わざる・聞かざる」で有名な「三猿」の彫刻がある他、国宝8棟、重要文化財34棟を含む55棟の建造物が並び、見どころがたくさんあります。又、強力なパワースポットとしても有名で、年間を通して多くの参拝者が訪れます。

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陽明門とは

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陽明門は境内を進んだ先、拝殿前の唐門の1つ手前にあります。創建は日光東照宮と同じ1617年で、建築様式は三間一戸(間口が三間で中央口を戸口とした門)の楼門で、屋根の作りは銅瓦葺という銅製の屋根瓦で葺かれています。横幅は7m、高さは11m、奥行きは4mの大きさです。

徳川家康の遺言を受けた二代将軍徳川秀忠の発願で、南光坊天海の総指揮の下、大棟梁を中井政清、彫刻を甲良宗弘、絵画・色彩を狩野探幽が担当しました。

現在の日光東照宮の陽明門は、徳川家康の21回忌に向けて1636年に三代将軍徳川家光が行った「寛永の大造替え」で建て替えられたもので、更に2013年7月から2017年3月にかけて行われた「平成の大修理」を経て、創建当時の極彩色が施された美しい姿が回復されました。

陽明門は日光東照宮で一番豪華な門

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日光東照宮の陽明門には508体の彫刻が施されているだけでなく、1辺約10cmの金箔が24万枚も使われています。単に華やかで煌びやかな門というわけではなく、陽明門は江戸時代の建築美と芸術が詰まった結晶とも言えます。

豪華であり、ミステリアスな面もある陽明門の下で写真を撮る人も多く、有料のカメラマンも常に待機しています。又、ガイドツアーも常時開催されていて、その歴史や彫刻として彫られている霊獣や人物たちの謂れを聞きながら陽明門をじっくり見ると、より楽しむことができます。

日光東照宮「陽明門」の歴史

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日光東照宮の陽明門の歴史についてご紹介します。先述した通り、創建は日光東照宮と同じ1617年で、当初は日光東照宮自体の規模も小さく、陽明門もただの楼門という扱いでした。1636年に三代将軍徳川家光が2000億円を使って行った「寛永の大造替」で日光東照宮の大規模改築が行われ、同時に改築された楼門に「陽明門」の名が付いたとされています。

日光東照宮の陽明門は、三代将軍徳川家光が祖父徳川家康をより神格化する意味も込めて、当時の最高技術を集めて豪華絢爛な楼門に改築した為、長い歴史の中、明治維新まで庶民は潜ることが許されず、陽明門の前に土下座をして東照宮を拝んでいました。

2013年7月から行われた平成の大修理は歴史上最大級の修理となりました。当初は6年間の再建計画でしたが、工期が2年ほど縮まり、最終的な工期は4年半で、24万枚の金箔を使用し、総工費に約12億円をかけ、2017年3月にかつての輝きを取り戻しました。

日光東照宮「陽明門」の名前の由来

Photo by sekido

陽明門の名前の由来についてご紹介します。日光東照宮の建物の中で唯一、一般名ではなく、きちんとした名前を持っている陽明門。その名前の由来は何と、京都御所にありました。

京都御所の門と言えば「建礼門」、「宜秋門」、「清所門」、「皇后門」、「朔平門」、「建春門」という6つの門が有名ですが、実は12の門があり、その内の1つ、東の正門の名前が「陽明門」と言います。

日光東照宮を造営する際に、京都御所の東の鎮守として京都御所を守護するという意味合いで「陽明門」の名を頂いたと考えられています。

日光東照宮「陽明門」の2つの別名

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多くの観光客が足を止め、その屋根や柱の彫刻に惹き付けられる日光東照宮の陽明門。その名の由来は京都御所にあるとご紹介しましたが、実は別名が2つあります。別名の所以は、それぞれ日光東照宮の歴史や陽明門の歴史と深く関係があり、陽明門の横にある看板や日光東照宮のパンフレットやWebサイトでも紹介されています。

日暮し門

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日光東照宮の陽明門の2つの別名の内の1つ、日光東照宮のWebサイトでも紹介されている別名は「日暮門」と言います。

彫刻や細かい飾り、金箔で埋め尽くされた日光東照宮の陽明門は豪華絢爛で、四面の軒唐破風(軒先の装飾用にそり曲がった曲線状の造形)、八脚の楼門と、世界中探しても他にはなく、江戸時代の工芸と装飾技術の全てが集結しています。

寛永の大造替を行った三代将軍徳川家光は、完成した豪華な陽明門を前に「日が暮れるまで見ていても飽きない」と感嘆の言葉を漏らしたとされ、その言葉が端を発し、後世で「日暮門」と呼ばれるようになりました。

勅額門

Photo by ume-y

もう1つの別名は看板で紹介されている「勅額門」です。勅額とは天皇が国内の寺院に与える直筆の書で書かれた寺社額のことです。

日光東照宮の陽明門を見上げると、正面の屋根の下に「東照大権現」の額が掲げられています。東照大権現とは徳川家康が死後神格化された際の別名で、日光東照宮の陽明門に掲げられている額の文字は後水尾天皇の勅額であることから、勅額門とも言われています。

実はこの勅額の筆の主は、後陽成天皇という説もささやかれました。というのも、1812年(文化9年)に始まった「文化の修理」の際、外された勅額が保管されていた銅庫が火災の延焼を受け、勅額も焼失してしまったからです。複製の際、江戸城二の丸東照宮にあった額の筆を手本にしたことから、後陽成天皇の筆という誤解が生まれました。

日光東照宮「陽明門」は特徴と謎だらけ

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日光東照宮の陽明門はその豪華絢爛な姿が見どころとされていますが、他の楼門には見られない特徴や、歴史が古く、未だに明かされていない謎がたくさんある点も重要な見どころです。

建築美はもちろんですが、陽明門でしか見られない霊獣の彫刻や、中国の子供たちや古代中国の名だたる聖人の彫刻は鹿野探幽が命を懸け、大胆な試みに出て、ほぼ1人で手掛けたものです。そこにどれだけ深い意味が込められているのか、ただ通り過ぎるだけでは勿体ない程の物語がそこに隠されています。

重厚で豪華な屋根に目が行きがちですが、陽明門はその柱や門を守る像も特徴的で、謎に包まれています。日光東照宮の陽明門の歴史を踏まえながら、特徴や謎の数々をご紹介していきます。

日光東照宮「陽明門」の髄身門

Photo by cyesuta

寺院の入口の門に対で立っている仁王像を見かけることが多いかと思いますが、あれは悪いものが敷地内に入らないよう、守護している意味で安置されています。日光東照宮の表門も仁王像が守っていますが、日光東照宮の陽明門を守っているのは2体の髄身像です。

髄身とは平安時代以降の武装をした格好の人形を意味し、陽明門は髄身像に守られる「髄身門」です。髄身像は一般的に「左大臣」、「右大臣」と呼ばれます。髄身像も仁王像と同じく、神に仕え、守護する役割を担っています。

髄身門は陽明門の特徴の1つですが、日光東照宮は徳川家康の陵墓とあって、髄身像が一体誰なのかは謎に包まれています。徳川家康本人である、桔梗紋が付いているので明智光秀である、又は織田信長である、と様々な説がありますが、はっきりとしたことは分かってはいません。

Photo by e_s_jp

陽明門の裏側には、寺院でよく見られる狛犬も安置されています。狛犬とは獅子や犬に似た日本の想像上の獣で、寺院の入口や本堂、本殿の前に一対で向き合う、又は守る寺社に背を向けています。

右側の像が「阿形」で口を開き、左側の像が「吽形」で口を閉じています。中国や韓国にも獅子や狛犬と同様の物が見られますが、この「阿吽像」は日本で多く見られる特徴です。

狛犬は性別が不明とされていますが、日光東照宮の陽明門に安置されている狛犬はどちらも「雄」とされています。

日光東照宮「陽明門」には500を超える彫刻がある

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日光東照宮の陽明門には508体の彫刻で埋め尽くされています。その内の156体は人物の彫刻で、絵画と色彩を担当した狩野探幽の作品に多く見られます。

日光東照宮には人物の他、霊獣や花鳥、植物、動物、地紋と様々な彫刻が見られ、それぞれ境内の建物に意味を込めて彫られているとされていますが、人物の彫刻は陽明門と唐門にしか彫られていません。

陽明門に人物の彫刻が彫られているのは、徳川家康が敬愛していた中国の道徳を表す思想を表現しているとされ、そこに徳川家康、又は三代将軍徳川家光の真意が込められているとも言われています。

日光東照宮「陽明門」に掘られた霊獣の数々

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日光東照宮の陽明門には様々な霊獣の彫刻が彫られています。霊獣とは古代中国でこの世の動物たちの長だと考えられた、吉兆として姿を現すとされた特異な特徴を持つ神話上の動物のことです。日本でも有名な霊獣を挙げると、青龍、白虎、玄武、朱雀の四方を司る四神です。

日光東照宮の陽明門には東を司る青龍の他、様々な霊獣が彫られていて、陽明門にしか彫られていない貴重な霊獣の姿も見ることができるので、ご紹介していきます。

麒麟

Photo by x768

麒麟は中国神話に現れる霊獣で、獣類の長とされ、鳥類の長である鳳凰としばしば対に扱われます。

形は鹿、顔は龍に似ていて、牛の尾と馬の蹄を持ち、毛は黄色く、背毛は5色に彩られ、体には鱗があるとされています。基本的に一本角ですが、稀に二本角や三本角、又は角がない姿で描かれることもあります。

性質は非常に穏やかで優しく、植物を踏むことさえ恐れる程殺生を嫌う、神聖な幻の動物で、真に平和な世でないと現れないとされています。

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

中国の霊獣である龍は皇帝の象徴であり、水中か地中に住み、その啼き声で雷雲や嵐を呼び、竜巻になって天空に昇って自在に飛翔するとされています。口元に長い髭をたくわえ、顎下に81枚の逆鱗があり、顎下に宝珠を持っているとされています。

陽明門の額の下に彫られた龍は中国の霊獣であると同時に、日本では中国から伝来した霊獣思想と元々日本にあった蛇神信仰とが融合している意味合いもあります。古墳にも見られる四神の青龍の意味合いも強く、京都御所の東の鎮守として、四神の内、東を司る青龍、つまり龍が彫刻として彫られたとされています。

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陽明門にはたくさんの龍の彫刻があるように見えますが、中央から下の顔だけが飛び出している彫刻の龍をよく見ると、少し違う点に気づくかと思います。実はこの霊獣は龍ではなく、「息」(そく、またはいき)と呼ばれる龍と似た霊獣で、日光東照宮に関して記された書物に出てくる架空の霊獣です。

龍との違いは、龍には髭がありますが息には髭がなく、龍には牙がありませんが息には牙があるという点です。滅多に見られない霊獣の彫刻なので、日光東照宮の陽明門をくぐる際にはぜひ足を止めてその姿を見上げてみて下さい。

唐獅子

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

日光東照宮の陽明門には特に、唐獅子の彫刻が集中して彫られています。唐獅子は中国では強さの象徴、縁起の良い生き物とされ、魔よけの意味合いが強い霊獣です。陽明門のてっぺんや屋根、柱から顔を突き出すようにして睨みを利かせ、邪悪なものから日光東照宮の陽明門を守っているとされています。

日光東照宮「陽明門」でしか見られない霊獣「龍馬」(りゅうば)

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日光東照宮の陽明門でしか見ることができない霊獣がいます。それが龍馬(りゅうば)で、勅額の両サイドに見ることができます。

龍に似ていますが、通常の龍とは異なり、蹄があることから龍でもあり馬でもあるという想像上の霊獣です。全身を鱗で覆われている点が龍でもある証です。全国どこを探しても、この龍馬を見ることができるのは日光東照宮の陽明門だけなので、日光東照宮に参拝に訪れた際は必ず陽明門でその姿を見ることをおすすめします。

日光東照宮「陽明門」に描かれた様々な物語

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日光東照宮の神厩舎には三猿を代表する8つの猿の彫刻が掘られていて、一周をぐるりと見て回ると猿の一生を通して人間の正しい生き方を示しています。同じく、日光東照宮の陽明門にも、様々な教えや思想を感じられる人物の彫刻がたくさん彫られています。

そのどれもが狩野探幽が自ら手掛けたもので、徳川家康の遺訓とも、両親との関係が悪く祖父徳川家康を敬愛していた徳川家光の理想とも取れます。どちらにせよ、そこに最も表れているのは「平和」で、永く泰平の世が続くようにとの願いが込められています。

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日光東照宮「陽明門」に彫られた「千人唐子の知恵遊び」

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

日光東照宮の陽明門の上部、高欄と呼ばれる手すりには「千人唐子の知恵遊び」の彫刻が掘られています。竹馬、じゃんけん、鬼ごっこ、雪だるま作りといった様々な子供の遊びの彫刻や、喧嘩やいじめといった意地悪をしている彫刻、「司馬の瓶割り」といった道徳の彫刻があります。

「司馬の瓶割り」とは、中国史上最高の政治家として名高い司馬公が子供時代に、先祖代々受け継がれてきた水瓶に落ちた友達を救うために、その水瓶を割ったことから、命の尊さを表現した彫刻となっています。

子供たちの彫刻からは、「子供たちが安心して遊ぶことができる世の中を築き、子供たちに命の尊さを教えていくこと」という、徳川家康の遺訓が感じられます。

日光東照宮「陽明門」に彫られた中国の道徳を表現した彫刻

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

高欄の「千人唐子の知恵遊び」よりも下の、出組と呼ばれる軒を支える部分にも、たくさんの人物の彫刻が掘られています。これらは全て、かつて中国の歴史上に存在した22人の著名人や、中国の神話に出てくる仙人たちで、戦乱の多かった中国を平和に導いた人物たちや教えを表した仙人たちとされています。

つまり、こちらに彫られた人物の彫刻の数々には、徳川家康が模範としようとした、中国の道徳が表現されているということです。

出組の部分に彫られた彫刻は正面に7つ、背面に7つ、西側の側面に4つ、東側の側面に4つという内訳で彫られていますので、ぜひ一周ぐるりと回ってじっくりと見てみて下さい

琴棋書画

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

正面の7つの彫刻の内、4つは「琴棋書画」(きんきしょが)を理想的と示したものです。囲碁をしていたり、琴を弾いていたりする4つの彫刻がそうで、「琴棋書画」とは、琴、囲碁、書、絵画という4つの見識が備わっている人物が理想的な君主という考えから、理想とされる人物の知恵や文才、考え方を示しているとされています。

周公聴訴

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正面残りの3つは「周公聴訴」(しゅうこうちょうそ)と呼ばれるもので、古代中国の故事の1つを表現しています。周公とは古代中国を代表する優秀な政治家です。

髪を洗う周公と、自らの考えを訴える民の様子が描かれている「周公聴訴」は、周公が髪を洗いながら訴えを起こした民の話に耳を傾けたとされる故事を示していて、中国で理想とされる人格者を彫刻で表現しています。

仙人たちの彫刻

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

背面の7つの彫刻は全て中国に伝わる仙人たちの彫刻です。鯉にまたがっている琴高仙人(きんこうせんにん)、龍にまたがっている黄仁覧(おうじんらん)、鶴にまたがっている王子喬(おうじきょう)、鳳凰にまたがっている梅福仙人(ばいふくせんにん)で、龍や鶴、鳳凰(朱雀)は日光東照宮を守る霊獣として崇められています。

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

他にも、東側の側面には虎を服従させて一緒に安心して眠っている禅の境地が表現されている「四睡図と虎」、西側の側面には孔子、釈迦、老子が酢を舐めて酸っぱさを共感しあう三共一致が表現されている「三聖吸酸図」や、中国で古くから信仰されている西王母が描かれています。

日光東照宮「陽明門」は陰陽道の影響を強く受けている

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陰陽師とは古代日本の律令制下に於いて実在した官職の1つで、陰陽五行思想に基づいた陰陽道を用いて行動範囲を定める為に欠かせない存在でした。

陰陽師の歴史は古く、平安時代はもちろん、武家社会になり、江戸時代になっても陰陽師は政治や歴史に大きく関係してきたとされています。

日光東照宮は南光坊天海の総指揮の下、造られましたが、天海は徳川幕府の陰陽師としての側面も持ち合わせていました。天海は龍脈と呼ばれる地脈を流れる気の道の、力が最も強い場所を選んで日光東照宮を造栄したとされ、更に、陽明門が建つ場所は龍脈からの気が最も集まる龍穴と言われています。

日光東照宮「陽明門」の逆さ柱

Photo by Dick Thomas Johnson

日光東照宮の陽明門は未完成であるという見解があります。その理由は陽明門を支える柱にあるので、詳しくご紹介します。

日光東照宮の陽明門には正面4本、背面4本、中央4本の計12本の柱があり、胡粉が塗られ、グリ紋と呼ばれるうず巻き状の地紋と鳥獣、草花が彫られている白い柱で支えられています。

12本ある柱の内、背面にある左手2番めの柱は、わざとグリ紋の向きが逆さまになっていて「魔除けの逆さ柱」と呼ばれています。

Photo by e_s_jp

柱のグリ紋があえて1本だけ逆さまに彫られている理由は「完成された建物はいずれ崩壊する。逆に未完成であれば永遠に崩壊することはない」という言い伝えにあり、わざと柱の文様を逆さにし、未完成にすることで、一種の魔除けの役割を果たしているとされます。

日光東照宮では陽明門の逆さ柱が有名になっていますが、実はこのような逆さ柱は陽明門を入れて境内に3本も存在しています。残りの2本の逆さ柱は本殿と拝殿に1本ずつあるので、どの柱かぜひ探してみて下さい。

日光東照宮「陽明門」と北極星の関係

Photo by *嘟嘟嘟*

陰陽道の影響を強く受けている日光東照宮ですが、本殿前の陽明門と鳥居を中心に直線で結んだ上空、つまり陽明門の真上に北極星がくるように造られています。

北極星は地上から見るとほぼ動かず、北の空の星は北極星の周りを回転しているように見えます。そのことから、天空は北極星を中心に動いていて、同じように陽明門を中心に、つまりは東照宮を中心に世の中が動いているという意味合いもあります。

日光の位置は江戸から見てほぼ真北に当たり、日光から富士山へ線を引くと、その延長線上に徳川家康が最初に葬られた久能山、更に久能山から真西に線を引くと徳川家康が没した駿府や生誕地である岡崎にも繋がります。これらは全て偶然ではなく、計算されて造られていて、久能山から不死(富士山)を通って日光で復活するという意も込められています。

日光東照宮のパワースポットを巡ろう!効果は?日本屈指のご利益の場所は? | 旅行ガイドTravelNote[トラベルノート]のイメージ
日光東照宮のパワースポットを巡ろう!効果は?日本屈指のご利益の場所は? | 旅行ガイドTravelNote[トラベルノート]
日本屈指のパワースポットとして知られる日光東照宮。徳川家康公を祀る日光東照宮は、風水や陰陽道の効果を得るため、さまざまな手法を駆使して作り上げられた最強のパワースポットです。絶対訪れるべき効果のある場所はどこか?など詳しくご紹介いたします。

日光東照宮「陽明門」の東西回廊も必見

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日光東照宮の左右に比翼型に広がる回廊があり、この回廊はコの字型に本殿を取り囲む形に造営されています。陽明門と同じく彫刻で埋め尽くされていて、胴羽目板には花鳥、動物、腰羽目板には水鳥、打ち寄せる波、欄間には空に浮かぶ雲が彫られています。

天、地、水を表現したこれらの彫刻は、全て1枚板をくり抜いた透かし彫りの技法が用いられていて、究極の職人技で造られています。回廊の彫刻の下絵を作画したのは、陽明門と同じく狩野探幽です。

総朱塗りの東回廊は本殿の石の間に連絡していて、神職の人々はこの廊下を通って本殿の御神前にお供えを献上することから、「御供廊下」とも呼ばれています。又、この東西回廊も陽明門を構成する一部とされ、1951年6月9日に国宝に登録されています。

日光東照宮へ行ったら陽明門の美しさと謎に触れよう

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以上、日光東照宮の陽明門についてご紹介しました。彫刻として描かれた様々な霊獣や物語には、日光東照宮に祀られている徳川家康の、平和に対する遺訓が込められています。歴史上最大級とされる平成の大修理を経て、かつての輝きを取り戻した日光東照宮の陽明門の、その豪華絢爛な美しさはもちろん、描かれた故事や逸話、謎にぜひ触れてみて下さい。

田前希美
ライター

田前希美

兵庫県生まれ、兵庫県在住の田前希美です。祖父が台湾人のクオーターで、台湾のお出かけスポットやグルメを積極的にご紹介しています。休日は家族とドライブがてら大きな公園に行ったり、ご当地グルメやスイーツ巡りをしています。

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