シリアの世界遺産はどうなっている?
中東・西アジアに位置し、6つもの世界遺産があり多くの旅行客や観光客が訪れていたシリア。しかしシリア内戦により世界遺産は破壊され、旅行に行くことも難しくなってしまいました。そんなシリアの観光スポットであった世界遺産は現在どうなっているのでしょうか?内戦前と比較しながらシリアの世界遺産をご紹介していきます。
シリアは多くの旅行者が訪れる国だった
シリアは通称でシリアと呼ばれていますが正式にはシリア・アラブ共和国という名前の国です。北にトルコ、東にイラク、南にヨルダン、西にレバノン、南西にイスラエルと国境を接し、北西は東地中海に面していることから歴史的にも様々な紛争等が起こってきました。
「シリア」という言葉は、国境を持つ国家ではなく、周辺のレバノンやパレスチナを含めた地域を指すこともあり、2011年3月に起きた内戦により、22万人以上が死亡し、今でも内戦が続くシリアから国外に逃れた人々は400万人にものぼると言われています。シリア難民の人々の受け入れをめぐって、EU諸国が様々な姿勢を示していることでも、目にした方も多いことでしょう。
内戦前は「シリア・ヨルダンツアー」といったら、日本の中東観光旅行ツアーの定番で治安は非常に良く、外国人の一般的な観光旅行は何の問題もありませんでしたが、今では旅行で訪れることもできない場所になってしましました。
シリアはどんな歴史を持つ国?
シリア地域は世界的にも歴史の古い土地であり、その地理的条件からも古代オリエント時代においてもメソポタミア、アッシリア、バビロニア、さらにギリシア・ローマ、ビザンチン帝国と支配者がめまぐるしく変わってきました。
7世紀にはイスラム勢力が勃興し、イスラム圏に組み入れられました。今のようにイスラム世界に入ってからも、ウマイヤ朝、アッバース朝、セルジューク朝、などの各王朝からモンゴル人のイル汗国、オスマン帝国と支配者が変わっており、近代には列強の争いの舞台となっています。
内戦前のシリアの世界遺産はどんな様子?
内戦前のシリアは美しい国で数多くの古代遺跡や建築物、世界遺産などに多くの旅行者が訪れていました。世界最古で最大規模の中世の城の1つと考えられているアレッポ上はアレッポの中心地にあり、その歴史は紀元前3000年までさかのぼります。東ローマ帝国、ギリシャ、アイユーブ朝、マムルーク朝に占領されいた場所は遺跡となり、内戦前は現在とは比較にならないほど旅行者に人気の観光スポットでもありました。
#Syrie2009 l Jour 2: et voici Palmyre de plus près (on voit le Krak des Chevaliers tout au fond) pic.twitter.com/pQawzzY9EQ
— Museolepse (@museolepse) August 15, 2017
保存状態の良い中世の城の中では、世界で最も重要な物の1つでもあったクラック・デ・シュヴァリエ(別名:十字軍の城塞)の遺跡も、2006年にはユネスコに世界遺産として登録され旅行者が訪れていましたが、残念ながらシリアの内戦による爆撃で一部が破壊されてしまいました。
安全になったら旅行したいシリア世界遺産:古都ダマスクス
シリアの首都ダマスクスは中東最古の都市とも言われています。エジプトとメソポタミア、地中海地域を結ぶ交通・交易の要衝として、紀元前3000年頃から形成され始めた都市で「世界一古くから人が住み続けている都市」として知られています。
Umayyad Mosque of #Damascus pic.twitter.com/LV3h2ZNPo5
— Giuseppe M. Galasso (@photosontheroad) August 16, 2017
旧市街に残る歴史的な構造物がとして1979年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。ダマスクスにあるウマイヤド・モスクは715年に建築された世界最古のモスクです。イスラム教の4大聖地の1つに数えられており、シリア内戦前はシリア国内はもちろん、周辺のイスラム諸国から巡礼ツアーや旅行客が訪れていました。
安全になったら旅行したいシリア世界遺産:パルミラの遺跡
世界で最も美しい廃墟の一つと言われるパルミラ遺跡はローマ帝国支配時に砂漠の中に建設されたオアシス都市の遺跡です。紀元前1世紀にローマ帝国の属州となり、中国とヨーロッパを結ぶ東西交易路の中継地として発展しました。
パルミラはナツメヤシの緑に包まれ、その名前もギリシャ語でナツメヤシを意味する「パルマ」からとられたと言われています。パルミラの遺跡は「世界でもっとも夕陽が美しい」とも言われていて、夕陽に染まった遺跡のあまりの美しさに砂漠を行きかうシルクロードの商人たちに「バラの街」という愛称で呼ばれていました。
ISISがパルミラ遺跡の建立2000年のバールシャミン神殿を破壊 http://t.co/1Nd18xSO7L pic.twitter.com/LnpiAF7vIa
— Spica (@Kelangdbn) August 24, 2015
シリア内戦の前は毎年15万人以上の観光客・旅行客ががパルミラを訪れていましたが、パルメラにあるバールシャミン神殿は2015年8月23日イスラム過激派組「イスラム国」によって爆破されてしまいました。以前の美しさと比較すると本当に悲しい姿になってしまっています。
安全になったら旅行したいシリア世界遺産:古都アレッポ
Rising From the Ruins: Ancient Aleppo Citadel Hosts Carnival for Schoolchildren https://t.co/Z8HN63UDVO #Syria #auspol #NoSanctions
— ᎶᎪᏐᏝ ᎷᎪᏝᏫᏁᏋ (@gailymalone) June 26, 2017
古代都市アレッポはシリアの北部にあるシリア第2の都市アレッポに残る歴史的構造物が登録されたユネスコの世界遺産です。首都ダマスカスの北約300km、トルコ国境の近くにあり、3世紀のパルミラ滅亡後、東西交易の中継地として興隆しました。
アレッポの東側、周囲の土地より50mほど高い丘の上に建っているのが、アレッポ城です。ここにはかつて神殿があり、街の聖域でした。そこに紀元12世紀、父親のサラディンにアレッポの統治を任されたマリク・アッザーヒルが十字軍の侵攻に備える城を建設しました。
しかしアレッポ城は、シリア内戦で政府軍が駐留し激しい戦闘の場となりました。また多くの遺跡が過激派の収入源の一つとして盗掘の被害に遭い、遺跡は残念な状態になっています。ユネスコは文化遺産を保護するためにプロジェクトを立ち上げ、専門家を通じて遺跡などの出土品を安全な場所に移したり、国外に持ち出されないようにしていますが内戦前と比較するとすっかり荒れ果てた姿になってしまっています。
安全になったら旅行したいシリア世界遺産:騎士の砦
「騎士の砦」を意味するクラック・デ・シュヴァリエとカル・エッサラー・エル・ディンはシリア北部にある十字軍時代の聖ヨハネ騎士団の本拠となった中世のお城の遺跡です。ダマスカスから北に150kmほどにあり標高650mの小高い丘に建てられており内部の建築はゴシック様式でつくられています。
城砦は内壁、外壁の2つの城壁で守られ、内壁上には城門の要塞がつけられ、入り口から迷路のようになっており攻撃に備えて作られていました。長期の牢城に耐えられるほどの巨大食物貯蔵庫や食堂、礼拝堂などいろいろなものを備えていました。クラック・デ・シュヴァリエも空爆で破壊されてしまったため内戦前と比較すると崩れた姿になってしまっています。
安全になったら旅行したいシリア観光スポット:シリア北部の古代村落群
The Dead Cities (المدن الميتة): a group of 700 abandoned settlements between Aleppo & Idlib
— Syria | سورية (@thesyrianblog) March 1, 2017
Most of them are dated back (1st-7th) centuries. pic.twitter.com/3Pelmo6A0e
シリア北西部、イドリブ県とアレッポ県の山石灰岩の山中にある40ほどの古代村落群はシリア北部の古代村落群と呼ばれ、2011年に世界遺産に登録されました。1世紀から7世紀に農業が営まれ、8世紀から10世紀の間に放棄され、「死の町」「忘れられた街」と呼ばれるようになりましたが、現在でも当時の住居や浴場、多神教の寺院、教会、貯水槽などの建造物や景観が状態良く保存されています。
Byzantine Basilica at the Dead City of Kharab Shams near Aleppo, Syria, Silk Road.https://t.co/iBEBOwvtB0 #silkroad #NGSilkRoad pic.twitter.com/mgBN9UXJ9R
— Photos of Silk Road (@PicsSilkRoad) July 25, 2017
寺院、教会などの多くの古代の宗教施設の遺跡からは、古代ローマの多神教や土着宗教が、徐々に教会を中心としたキリスト教文化に変わっていく過程やビザンチン帝国時代のギリシャ正教会への変遷の跡を感じることができます。また、当時の利水技術、防塁など古代ローマ人の様子をうかがい知ることもできます。
安全になったら旅行したいシリア観光スポット:古代都市ボスラ
古代都市ボスラは砂漠の中の小さな村にあるローマ帝国時代の遺跡です。建造物は玄武岩で作られ印象的な黒茶色をしています。代表的な構造物であるシタデル・ローマ劇場は音響的にも優れており、演奏会等で使われたこともある場所です。
「世界で最も完全な姿で残る」と形容されるボスラのローマ劇場は、周囲のローマ遺跡とともに「古代都市ボスラ」としてユネスコの世界遺産に指定されました。ほかにもローマ浴場、ビザンティン建築の大聖堂跡などの遺跡が立ち並んでいます。
シリアの世界遺産は今どうなっている?
Syrians rebuilding all that is left of the Great Mosque of #Aleppo, located near 2002 watch site, Citadel of Aleppo https://t.co/VX6WpPoOx3
— World Monuments Fund (@WorldMonuments) July 28, 2017
終わりの見えない内戦が続くシリアですが、6か所の世界遺産がある国でもありかつては多くの旅行者が訪れていました。しかし内戦が続いたことによりユネスコ世界遺産委員会は、2013年、アレッポを含むシリアの世界遺産6か所すべてを「危機にさらされている遺産」に指定、旅行者も立ち入りが危険な国となってしまいました。内戦前後の写真を比較してもその危機的状況が伝わってきます。
シリア旅行は安全になってから
シリアの世界遺産について内戦前との比較をしながらご紹介してきましたがいかがでしたか?残念ながら現在はどのような目的であれ渡航をしてはいけない区域になっていますが、安全になったら旅行に行きたいですね。シリアの人々が静かに暮らせる日が戻ってくるとともに、美しい世界遺産が残されることを願うばかりです。