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『紫禁城』北京!故宮は世界遺産!中国最大の観光地・見所はココだ!

紫禁城は中国及び世界中で最も完璧に残っている木造古建築群で、まさに映画「ラストエンペラー」を彷彿させる幻想世界です。世界最大の宮殿と謳われ、広い中華帝国の中心地であったかつての紫禁城(現 故宮博物院)の歴史と見所を紹介します。

世界最大の宮殿「紫禁城」へ行こう!見出し

かつて中国の歴代皇帝が暮らした宮殿であり、中華世界の中心地であった世界で最大の宮殿「紫禁城」。現在は世界遺産にも登録されています。今回は北京を代表する観光名所紫禁城の歴史と見所をご紹介します。紫禁城は街の中心部に位置し、アクセスも抜群なので、北京を旅行するなら、絶対に足を運んでおきたい必見スポットです。

紫禁城とは?見出し

中国を代表する世界遺産「故宮」は世界五大宮(北京故宮博物院、フランスベルサイユ宮殿、イギリスバッキンガム宮殿、アメリカホワイトハウスとロシアクレムリン宮殿)の中で、最高と称賛されています。

かつては「紫禁城」と呼ばれており、紫禁の名は,北斗星の北に位置する紫禁星が,天帝の居所とされることに由来します。1912年の中華民国の成立以後,しだいに一般に開放されるようになり,今日では「昔の皇宮」の意で故宮と呼ばれようになりました。

建設開始は明の時代の1406年。1421年に南京から北京へと遷都して以降、20世紀の清朝滅亡まで歴代皇帝が暮らす居住空間であり、政治の中心地でした。現在は故宮博物院として広く一般に公開されています。清朝最後の皇帝溥儀を描いた映画「ラストエンペラー」のロケも行われました。

紫禁城の映画ラストエンペラー見出し

イギリスの中国語学者レジナルド・フレミング ジョンストンが清代最後の皇帝である溥儀の家庭教師として紫禁城で生活した5年間を綴った「紫禁城の黄昏」は1934年に初版が発行され、「ラストエンペラー」として映画化されました。

紫禁城の見学コース見出し

紫禁城は、とにかく広いので、外朝と内廷だけの場合でも、およそ3時間。東エリアの奉先殿や西エリアの養心殿など皇帝達が生活に使ってた建物を含めて見ると、およそ半日は必要です。1日ですべてを見て回るのは難しいです。ですから、しっかり計画を立ててから訪れたほうがいいです。今回は南から北へ抜けるコースを紹介します。

紫禁城の入場チケット見出し

2015年6月13日より、入場券は実名制になりました。従って紫禁城を見学するためには、パスポートが必要です。紫禁城の入場チケットは故宮博物院のオフィシャルページからインターネットで購入します。予約番号と共に「購入成功」の通知メールが来るので、そのメールを紙に印刷したものと、パスポートを午門のチケットブースで提示すれば、入場券がもらえます。

天安門をくぐり、紫禁城へ見出し

天安門は世界遺産故宮(紫禁城)の正門であった門で、この天安門という名称は「天命を受けて安定した平和な国を治める」の意であり、それを省略した形が「天安門」と考えられています。なお、昔は紫禁城の北にある景山のさらに北に「地安門」という門がありました。

天安門広場は 紫禁城の門とつながっていて、その前に広い道路があり横断するのに地下道(地下鉄の入り口でもある)を通って前の広場に行きます。人民大会堂 毛主席記念堂などがあり 本当に広い広場で人も多い所です。

外朝の正門 午門

午門は紫禁城の南門のことです。南=「午(うま)」の方角にあることから、午門(ごもん)と呼ばれています。「コの字型」にせり出した形が特徴で、官吏たちが早朝に集まり、皇帝に拝謁した場所でもあります。映画「ラスト・エンペラー」では、溥儀が城外に出ようと門扉を叩くシーンの舞台です。

清の時代、午門の中央を通れるのは皇帝だけでしたが、例外が2つありました。一つは、輿入れする皇后、もう一つは、科挙試験のトップ3です。科挙の最終試験は殿試と呼ばれ、皇帝出題の試験です。その結果は、紫禁城の太和殿で発表されました。成績第一の者を「状元」、第二を「榜眼」、第三を「探花」と呼び、この3名には"進士及第"の資格が与えられました。皇帝と同じ門を通ることは、この上ない栄誉でした。

太和殿は中国最大の木造建築

世界遺産に登録され、北京を代表する観光名所である故宮(紫禁城)。太和殿は、その紫禁城で最大見所といえるでしょう。太和殿では皇帝の即位や三大節(元旦、冬至、皇帝の誕生日)、婚礼、国事発令などの重要な儀式が執り行われました。創建は明代の1420年で、その後数度にわたり焼失し、現在の建物は清の時代の1695年に再建されたものです。高さ35m、間口66mで現存する中国で最大の木造建築でもあります。

太和殿前広場は、映画「ラスト・エンペラー」でも登場し、溥儀が清朝12代皇帝・宣統帝に即位する儀式のシーンで、無数の官吏たちがその広い大和殿前広場にずらりと並び、全員で三跪九叩頭の礼を行いました。見逃せない見所は太和殿手前の石段を上ったところにある「日時計」で、北京の標準時を割り出したもので、大和殿前に二つあります。建物側は夏用、広場側は冬用として使われました。

太和殿の内部で最大の見所は、「宝座」とも呼ばれる玉座です。9頭の龍が彫られたクスノキで出来たこの玉座に、歴代の皇帝たちが座っていました。玉座真上の天井には、「軒轅鏡」と称される銅の球が吊るされています。天命を受けていない者が玉座に座ると軒轅鏡が落下しその者を殺してしまうと言われています。

辛亥革命後の1916年に「皇帝」を自称した袁世凱は、この言い伝えを恐れてわざと玉座をずらして座ったとされています。映画「ラスト・エンペラー」では、ラストシーンの舞台にもなりました。老いた溥儀が、玉座の後ろからコオロギの入った筒を取り出すシーンは有名です。

中庸思想を体現した中和殿

中庸思想とは片寄がなく中正であることを理想とする思想で儒教の教えのひとつです。中和殿は皇帝が大和殿で大典を行う際、一時的に休息し臣下の祝賀を受けたとされる場所です。また、天壇、地壇などで祭祀を行う前日に祝版を閲覧したりしました。

宴会場や試験会場にもなった保和殿

保和殿は、年末や正月に催した皇族・王侯・要人が参加する宴席の会場として使われました。清朝6代皇帝・乾隆帝の時代からは、科挙(官吏登用試験)の最終試験「殿試」の会場としても使用されました。また、玉座の上には、清朝6代皇帝・乾隆帝が揮毫した「皇建有極」の書が掲げられている所も見所です。

皇帝の寝室・執務場所だった乾清宮

乾清宮は皇帝や皇后の寝室として使用されていました。清朝第5代皇帝雍正帝の時代以降は、大臣との謁見や執務をおこなう場所になりました。玉座の上に掲げられた「正大光明」の額の裏には、時の皇帝が後継者に指名した人物の名を記した勅書が保管されたそうです。皇帝が崩御すると、公開の場で勅書を開封し、次期皇帝が発表されました。この皇帝の指名方法を「太子密建」といい、清朝5代皇帝・雍正帝が定めました。

乾清宮の前にある乾清門は瑠璃照壁という装飾が特徴的な内廷の正門です。清代、皇帝はここで政務の報告を受けたり、採決を下したりしていました。現在は売店やカフェなどの休憩所があります。

皇帝や皇后が遊んだ御花園 

内廷の北側に設けられた、こじんまりとした庭園エリアです。紫禁城の南北中心線上に配された諸施設の中では最北端のものになります。皇帝や皇后が花を愛でたり月見を楽しんだりした御苑で、幼少期の溥儀もここで遊んだといわれています。また、清朝崩壊後の一時期、このエリアの建物の一つが溥儀から家庭教師ジョンストンに住まいとして与えられたこともあったそうです。

北側の門として構える神武門

皇帝に仕えた官吏たちが夕刻の鐘とともにここから宮殿を出ていきました。神武門の入り口には中国の文学者で、詩人、作家、歴史家でもある、日本ともゆかりの深い郭沫若の書による「故宮博物院」という文字の扁額が掛けられています。

四隅を守る角楼 

故宮を囲む城壁の四隅には、「角楼」と呼ばれる楼閣が設けられています。防衛のための見張り施設であり、地面からの高さ約27メートルとなかなかの迫力です。風の無い日には堀の水が鏡となり、角楼の勇姿を鮮やかに映し出します。故宮の内部を見学した後は、外からじっくりと角楼を眺めるのもおすすめです。

溥儀が自転車で遊んだ紫禁城東筒子見出し

故宮にはもう一箇所必見スポット「東筒子」があります。東筒子は故宮の北東に位置する南北300メートルほどの赤い壁の通路。寧寿宮区の北の出口から出て左に曲がって歩いていくとすぐ道の左側に路地があります。こちらが「東筒子」で、溥儀が自転車で走って遊んだ場所だと言い伝えられています。ふと赤い壁の向こうから溥儀が自転車に乗って走ってきそうな錯覚さえ覚えます。

広い紫禁城を一望できる景山公園見出し

北京フリークの多くが「北京で一番好きなのは景山からの景色」と答えるほど、山頂の万春亭から広い故宮を一望する景色はとても有名で、外せない見所です。特に夕刻、夕陽に照らされて紫禁城の屋根が黄金色に輝く様子は圧巻です。北京の公園としては中規模なので全体をじっくり見るとしても1、2時間、山頂の万春亭から故宮を眺めるだけなら30分ほど考えておけばOKです。

北京故宮博物院紫禁城と台湾國立故宮博物院見出し

辛亥革命により滅亡した清朝最後の皇帝溥儀は、退位後もしばらくは紫禁城に居住していましたが、溥儀が紫禁城を追われると宮殿は博物館となりました。やがて孫文の後継者の蒋介石が北京に入城し、中国再統一をしましたが、満州事変を皮切りに日本軍による中国侵攻がはじまります。太平洋戦争終結後、国共内戦で中華民国政府が不利になると重要な所蔵品は台湾へ移送されました。

その所蔵品を保管するために作られたのが台湾國立故宮博物院です。つまり、台北國立故宮博物院はまだ開館して50年ほどしかたっていません。収蔵品の質も量も、台北は北京をはるかに上回っています。広い外枠だけ残され、良いものはみんな蒋介石が持って行ってしまったのです。

ラストエンペラー溥儀に思いを馳せてみよう見出し

故宮は本当に奥深く、公開エリアも少しずつ広がりつつあり、故宮博物院が公開100周年を迎える2025年までに、公開エリアを82%へと引き上げる計画があります。中国最大の木造建築の紫禁城、未体験の方はもちろん、以前訪れたことがあるという方も、ぜひこの機会にもう一度足を運んでラストエンペラー溥儀にの世界に浸ってみてはいかがでしょうか。

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投稿日: 2017年6月17日最終更新日: 2020年10月7日

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