南宮大社のご利益は?パワースポットでも有名?アクセス方法など紹介!

南宮大社のご利益は?パワースポットでも有名?アクセス方法など紹介!

岐阜県不破郡垂井町にある南宮大社は、美濃国一の宮として古くから多くの信仰を集めてきました。最近、パワースポットとしても有名になってきています。今回は南宮大社について、その御利益やパワーなどについて調べてみました。御朱印情報も載せています。

記事の目次

  1. 1.美濃国一の宮南宮大社
  2. 2.南宮大社はどこにある?
  3. 3.南宮大社へのアクセス
  4. 4.南宮大社の由緒
  5. 5.南宮大社にある文化財
  6. 6.南宮大社の摂末社
  7. 7.南宮大社のご利益
  8. 8.南宮大社の御朱印
  9. 9.南宮大社はパワースポット?
  10. 10.南宮大社のパワーを受けよう

美濃国一の宮南宮大社

Photo by m_nietzsche

南宮大社は岐阜県不破郡垂井町にある神社で、美濃国一の宮であり、旧称は南宮神社と言いました。祭神は鉱山を司どる神である金山彦命であり、そのために全国の鉱山・金属業の総本宮として古くから信仰を集めています。この南宮大社がどうやらパワースポットとして強い力があるらしいというので、そのあたりも含めて調べてみました。

南宮大社はどこにある?

南宮大社は岐阜県不破郡垂井町にあり、標高419メートルの南宮山の山麓に位置しています。垂井には「垂井の泉」という泉があり、この泉が「たるいの水」という歌枕となっており、古くから知られていました。

さらに濃尾平野の西端にあり、国府がおかれたことで美濃国の中心として栄え、中世には中山道の宿場町、美濃路の起点、南宮大社の門前町として栄えました。また、戦国時代、豊臣秀吉の軍師として活躍した竹中半兵衛ゆかりの地でもあります。

南宮山は新古今和歌集や枕草子にも出て来る、古くから知られた山であり、1600年の関ヶ原の戦いの際には西軍の毛利秀元らがここに陣を構えました。現在も南宮山の麓や山中にその史跡があります。「国府の南に位置する宮」として「南宮」を名乗るようになったと言われています。

南宮大社へのアクセス

次に南宮大社へのアクセスを見ていきます。南宮大社へは、JRを使う方法と、車で行くアクセス方法があります。JRの場合、最寄駅はJR東海の東海道本線垂井駅になります。垂井駅からは約1キロあり、徒歩で20分ほどかかります。路線バスは「南宮大社前」バス停からすぐなのですが、毎年1月1日から3日の初詣期間しか運行されていません。

車の場合のアクセスは名神高速関ヶ原IC、大垣IC、東海環状自動車道大垣西ICが最寄になります。関ヶ原ICからは約15分、大垣ICからは約20分、国道21号線から御所野交差点を南にむかい、約600メートルのところになります。車を使えばそれほどアクセスは不便ではありませんが、冬期間は降雪の恐れがあるので、もし行くならばチェーンなどの雪への備えを準備したほうがいいかもしれません。

南宮大社の由緒

社伝によれば、神武天皇東征の際、金鵄(日本建国をたすけた金色のトビ、霊鳥)をたすけて大いに霊験を顕わされことから、それを当郡府中に祀られたと言われます。 後に崇神天皇の御代になって、現在地に奉還されました。古くは仲山金山彦神社と呼ばれていましたが、国府から南方に位することから、南宮大社と言われるようになったそうです。

しかし前述したように、1600年の関ヶ原の戦いで、この南宮山は西軍の毛利氏の陣所となりました。そして南宮山の麓には安国寺恵瓊の陣が建てられます。このとき吉川広家が東軍に内通していたため毛利、安国寺、長束、長宗我部は本戦に参加せずに戦は終わります。がしかし、この戦で麓の南宮大社は焼失します。現在の南宮大社はその後春日局や竹中氏などの願いによって1642年に三代将軍徳川家光により再建されたものです。

南宮大社にある文化財

南宮大社の広い境内には、本殿・拝殿・楼門など、朱塗りの華麗な姿の建造物が並んでいます。中でも本殿をはじめとする江戸時代の神社建築の代表的な遺構18棟、太刀や鉾3点が、 国の重要文化財に指定されています。そのほかに県指定、町指定の文化財が刀剣、銅丸など複数あります。また南宮の神事芸能は国の重要無形民俗文化財に指定されています。

これらの刀剣の中には日本に5本しか現存しない、平安時代の名刀「三條」、室町時代に奉納された「康光」銘のもののほか、六世紀から七世紀ごろ、大和時代の儀仗用太刀「圭頭太刀」などがあります。これらの宝物は毎年11月3日に一般公開され、貴重な遺物を見るためにたくさんのファンが訪れます。

南宮大社の摂末社

南宮大社には境内社が15社、境外社が3社あります。以下、代表的なものとして、境内社にある高山神社、境外社にある南宮御旅神社、大領神社の3社を紹介します。

境内社

本殿回廊内には5社が鎮座しますが、それを含めて15棟の社殿すべてが重要文化財であり、和様と唐様を混用した独特の「南宮造」となっています。本殿と弊殿だけは素木造りで、その他の社殿は鮮やかな朱塗りになっていることも特徴の一つと言えるでしょう。また高山神社は奥宮が南宮山山頂に鎮座しています。残り10社のうち8社は境内後方に、2社は境内前方にあります。

境外社

境外社は3社あり、いずれも摂社です。このうち南宮御旅神社の所在地はかつての美濃国国府が存在した地といわれ、国府之宮とも呼ばれていたといわれます。この神社に対して南宮大社が南にあることから「南宮」という名称になったという説があります。現在は南宮大社の摂社として、南宮大社の御旅所とされています。また大領神社は南宮大社から500メートルほど離れたところにあり、美濃国二の宮とされています。

南宮大社のご利益

南宮大社のご利益ということで忘れてはならないのは、この神社の御祭神が金山彦命であるということです。この金山彦神というのは鉱山や金属の神様であるため、全国の鉱山、金属業の総本宮として、今も深い崇敬を集めています。それと同時に「金」ということから勝負事・必勝祈願・金運上昇にご利益のある神社とされています。

勝負事、必勝祈願ということから大事な勝負事で勝つには不可欠な冷静な心・平常心をもたらしてくれたり、人生の岐路などで自分自身を見失ってしまったときに、心を正してくれるといったご利益もあると言われています。このことから、合格を祈願する受験生も多く訪れるそうです。

南宮大社の御朱印

さて、近年は「御朱印ガール」という言葉があるように、御朱印を集めるのが流行になっています。せっかくなので南宮大社で御朱印をいただきたいという方もいるかと思いますので、ここで南宮大社の御朱印についてまとめてみました。

まず、御朱印についてまとめる前に、南宮大社の御朱印帳から紹介します。この御朱印帳は2016年11月から頒布されるようになったもので、 楼門と御神木の白玉椿がデザインされたステキな御朱印帳です。もし御朱印帳がないというのであれば、これを購入してもよいでしょう。サイズは小です。

南宮大社では2ヶ所で御朱印をいただくことができます。南宮大社の本殿と、南宮大社の御旅所である南宮御旅神社です。以下、御朱印がもらえる場所について紹介します。

南宮大社

南宮大社では「美濃国一宮 南宮大社」との記載のある御朱印がいただけます。本殿で参拝を済ませたあと、向かって右側に社務所があり、そこで御朱印をいただくことができます。

南宮御旅神社

もう一ヶ所がこちら。南宮大社から北2キロほどのところにあります。前述したように現在は南宮大社の御旅所とされていますが、南宮大社の神輿が、禊の川渡りとして相川を越え当社へ御幸する古儀により、御旅所と呼ばれるようになったそうです。ここでは「美濃国総社 南宮御旅神社」と記載のある御朱印がいただけます。

南宮大社はパワースポット?

この南宮大社ですが、実はパワースポットとしても有名です。前述しましたが、南宮大社は金山彦神を祀っているのですが、同じ祭神を祀る京都の御金神社が金運上昇のパワースポットとして注目されたことから、ここも金運のパワースポットと言われるようになったのです。

しかし、それ以上にすごいのは、関ヶ原の戦いの時の徳川家康に関わるもの。関ヶ原の戦いで徳川家康は桃配山に陣立てするのですが、この桃配山というのは、風水によると南宮山からの龍脈を受ける穴とされ、さらに東山道からの気も取り入れたとされるのです。つまり、関ヶ原の戦いの勝利にはこの南宮山からの気が影響した可能性があるということになります。

そう考えると、南宮大社に勝負運のご利益があるとされるのもなるほどとうなずけます。金運、勝負運などのパワースポットとして、また受験生の合格祈願として存分にそのパワーを受けたいものです。

南宮大社のパワーを受けよう

Photo by m_nietzsche

以上、南宮大社についていろいろと調べてみました。南宮大社は、「垂井の泉」などで有名な垂井町にあり、駅からのアクセスはやや歩くので、車がないと多少アクセスは不便かもしれません。しかし関ヶ原の戦いの経緯を見る限り、そのご利益やパワースポットとしての力はすごいものがありそう。ぜひそのパワーやご利益を存分に受けましょう。

よしぷー
ライター

よしぷー

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