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近代建築の礎ともいえるサヴォア邸
近代建築家ル・コルビジェによってフランス、パリ郊外のポワシーに建てられた「サヴォア邸」は、建築された年が1931年、日本がまだ昭和に入って間もない頃でした。世界中の建築家が、この先見の明を示した建築物を見て、驚きと賞賛を持って迎えました。世界遺産として登録されているサヴォア邸とはいかなる建物なのか、その理由を探ります。
今も色褪せない近代建築の最高作サヴォア邸
世界遺産であるサヴォア邸最大の特徴は、水平な床、構造体としての垂直な支柱、そしてファサードを意識した壁、という建築における3つの基本要素を明確に表現している点です。ミネソタ大学建築学部のラヴィン教授は著書の中で、このサヴォア邸を、20世紀初頭における物質の構成要素である電子、陽子、中性子の発見に匹敵すると評価しています。
1928年、依頼主であるピエール夫妻から一通の建築依頼書がル・コルビジェの元へ届きます。それにはこう書いてありました。「美しい敷地、豊かな森、草地のただ中に何にも邪魔されることなく建つオブジェ」。伝統に固執する保守派が多い当時のフランスにあって、ピエール・サヴォア氏は非常に現代的な感覚を兼ね備えた顧客でした。
それに対しル・コルビジェは、数本の柱に支えられた長方形の白い箱というイメージを提案します。サヴォア氏の抽象的な表現を具現化し、その時に提唱していた近代建築の5原則を厳格に取り入れ見事に昇華させた作品を造り上げたのでした。さて、その建築史の重要な転換期の役割を果たした近代建築の5原則とは、どのような特徴を持つのでしょうか。
サヴォア邸5つの要点その1:ピロティ
ピロティとは、箱である建物を支える柱のことです。サヴォア邸でのピロティの特徴は、ピロティによって支えられた2階部分を空中に浮かぶように見せている点です。また1階の特徴として目を引くのが、建物の3面にまたがる車寄せです。車の使用を前提に設計された結果、ピロティと外壁の間のスペースが広く取られ、車が通れるようになっています。
サヴォア邸の北側は1階部分が半円状になっていますが、これは車の回転半径に合わせた設計になっています。保険会社を経営するブルジョワジーだったサヴォア家は1人1台ずつ計3台の車を所有していました。車は半円構造の中心にある入口の前で停まり、運転手がそのまま西側にある3台分のガレージへ回って車を置く仕組みになっています。
サヴォア邸5つの要点その2:屋上庭園
屋上のテラスへ出ると、空と木立の向こうに広がる風景が現れます。今でこそ屋上の緑地は当たり前ですが、それまでの建築様式では、平らな屋上という考えは全くありませんでした。ル・コルビジェは、建物を長方形の直線的な箱にすることで屋上に平面空間を造り、庭園として利用しながら、空と建築物との直線的でシャープな景色を目指しました。
屋上部分に囲われた空間を設けプライバシーを確保しながら、壁の北側をくり抜き窓を作ることにより、木々の向こうに景色が見えるようにしています。この手法は室内においても小窓を設けることにより、インテリア絵画の役割を果たす借景として機能しており、機能性だけでなく寛ぎや安らぎといった付加価値を生み出という特徴を持ちます。
サヴォア邸5つの要点その3:自由な平面
鉄やコンクリートという新しい素材が誕生し、ル・コルビジェは、それを積極的に採用することにより、組積造で必要とされた内部の大きな壁を必要としなくなり、内部の仕切り壁を好きな場所に自由に設計できるようになりました。この角度から見た浴室は、廊下と浴室の仕切り壁によって浴室の空間を確保し、自由な平面空間を巧みに実現しています。
リビングルームは広々とした空間で、現在のオープンなリビングエリアの概念を先取りした特徴を持っています。リビングからテラスへと続く水平窓が屋外空間との一体性を感じさせると同時に、屋内でも屋外でも変わらず周辺の風景を切り取るという特徴を見せています。内部への採光と内部から見える景色を優先して自由に設計しています。
サヴォア邸5つの要点その4:水平連続窓
ル・コルビジェの建築物の特徴のひとつである連続水平窓は、人々の暮らしにとって最も身近に感じられる革命と言っても過言ではありません。産業革命以前には考えられなかった、水平方向に開く大きな窓の出現によって、光と風と香りが内部に取り込まれ、このことによってどのシーンにおいても外部の風景を切り取って見せています。
サヴォア邸5つの要点その5:自由なファサード
「家には正面という概念はあってはならない。家の周囲は四方を何にも妨げられてはならない」とル・コルビジェはいいます。写真から見て取れる南側のファサードは、北側と違い1階の中心部が引っ込んだ構造にはなっていません。屋上部分もわずかしか見えず、メインのアプローチでありながら邸宅の全体像がわからないようになっています。
機能性と快適さを追求したサヴォア邸
建築的プロムナードを見せる螺旋階段とスロープ
ル・コルビュジエは、サヴォワ邸設計の際に新たなコンセプト、建築的プロムナードを提案します。プロムナードとは、フランス語で散歩や散歩道という意味があり、建物の外と内の境界を消滅させるものでした。玄関へ入るとすぐに現れるスロープと螺旋階段によって、メインエントランスである2階へと外からの散歩をするように導かれます。
家具や照明が入ったサロン全景
スロープの正面扉を抜けると広々とした2階のサロンになります。サロン正面には、当時の建築物の常識では考えられなかった大きな窓が取り付けられ、専用の椅子に座ってゆったりと中庭のテラスを眺めることができます。また天井には、サヴォア婦人が工場で使われていたのを見て気に入った、というスチール製の細長い照明器具が使われています。
サヴォア邸内部を見学しながら紹介する動画です。2016年9月19日にYoutube上に公開されています。1階からスロープを上がって2階サロン部分、寝室、キッチン、浴室、中庭テラス、そして屋上部分を見学しながら紹介しています。こうして見てみると、時代を先取りしたデザイン性や色使い、そして圧倒的な開放感などに改めて驚かされます。
家具そのものにも快適性を求めたル・コルビジェ
ル・コルビジェは、スケッチを用い人間の体勢はシートデザインに反映されるべきだという考えを打ち立て、1929年に、従姉妹のピエールとシャルロットペリアンとの共同作業で家具LCシリーズを発表します。建築におけるシンプルで機能的なデザインは、家具においても遺憾なく発揮され、今なおカッシーナ社からシリーズ化で販売されています。
ル・コルビジェの代表的家具LC2、大いなる快適と名付けられたこの作品は、彼の代名詞にもなっています。ル・コルビジェの建築アイデアの元となるモデュロール構成による、水平、直角、垂直がこの椅子のデザインモチーフです。シンプルにして無駄のない、機能性とデザイン性を追及した先にあるのは、まさしくグランドコンフォートです。
サヴォア邸の設計者ル・コルビジェとは
そのサヴォア邸を設計した近代建築家ル・コルビジェは、スイスに生まれでフランスを拠点に活躍した建築家です。最初に画家を目指して美術学校で絵画を勉強中に、校長にその才能を認められ建築の道へ入ります。その後、鉄筋コンクリート建築の先駆者オーギュストペレやドイツ工作連盟の中心人物であったペーターペーレンスの元で学びます。
そして1924年、それまで石やレンガを主体とした特徴を持つ西洋の伝統建築から大きくかけ離れた、スラブ、柱、階段のみを建築の主要要素とするドミノシステムを考案し、機能性を信条とするモダニズム建築を提唱します。さらに1926年には、新しい建築の5原則を提唱し、その理念を具現化したサヴォア邸という建築界の最高傑作を生み出します。
ル・コルビジェは、1965年、南フランスで海水浴中に心臓発作のため逝去します。77歳の生涯でした。フランスをはじめ世界12ヶ国にわたり60点あまり残された彼の作品は、その後の建築技法の方向性と指針を示し、彼のトレードマークであるロイドメガネやパイプ、蝶ネクタイとともに多くの人々から、今もなお愛され続けてています。
近代建築家ル・コルビジェの作品群
近代建築家であるル・コルビジェの作品群は、フランスを中心として世界に跨っており、それらをまとめて世界遺産とされています。正式名称は「ル・コルビジェの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」といい、彼の数ある中でも傑作とされる住宅、工場、宗教建築など7カ国17物件をまとめて2016年の第40回世界遺産委員会で登録されました。
国立西洋美術館
東京都台東区にある国立西洋美術館は、日本にある唯一のル・コルビジェの基本設計による建築物で、彼が構想した無限成長美術館の実現が高く評価され、世界遺産に登録されています。国立西洋美術館は、際限なく成長し続ける美術館の収蔵品の増加に合わせて増築できるように設計されており、その無限成長美術館を具現化したものです。
ロンシャンの礼拝堂
フランス、ロンシャンにある世界遺産ロンシャン礼拝堂は、ル・コルビジェ後期晩年の作品として見学できます。貝殻をイメージした自由で造形的な形をしており、正面ファサードは、カニの甲羅を形取った独特な形容をしています。うねった屋根と巨大な外壁の塊、そしてその壁にランダムに記された小さな開口部から内部へ差し込む光が特徴的です。
都市計画を実現させたインドのチャンディーガル
インド北部にある都市チャンディーガルは、コルビジェが提示する都市計画の街です。インドの他都市とは異なり、CIAMの都市計画の原則に沿ったモダニズムの都市を計画し、ゾーニングに関しては、都市機能を擬人化して配置。道路に8段階の順列をつけ、歩車分離をし歩行者用の道路網を計画するなど、随所にコルビジェの建築思想が実現しています。
元々何もなかった場所に、計画的に造られた街であり世界遺産として登録されているチャンディーガルは、1から42のセクターに分かれており、そのセクター毎に、住宅、ショッピング、文化、学校など街区の役割が変わります。都市計画史上において重要かつ象徴的で、今日多くの建築家、歴史学者、都市計画家、社会学学者の興味を引き付けています。
ル・コルビジェの都市計画を垂直に表現した作品
マルセイユのユニテダビタシオン
ル・コルビジェが考える都市計画を垂直に表現したのが、フランス、マルセイユのユニテダビタシオンという巨大集合住宅です。8階建て、全戸337戸で最大1600人が暮らします。1階部分がピロティで、屋上庭園が設けられています。L字、逆L字などの23タイプの多様なユニットで構成され、店舗、郵便局、保育園、体育館、プールなどがあります。
ドイツの巨大集合住宅ユニテダビタシオン
ドイツのユニテダビタシオンは、削ぎ落とされたモダンな内部と計算されたカラフルな外観という特徴を持つ巨大集合住宅です。街を垂直に作るという新しい都市のイメージを形としたユニテダビタシオンはヨーロッパ各地に建てられ、ここベルリンにも1957年に建てられました。世界遺産として登録されているのはマルセイユのユニテダビタシオンです。
サヴォア邸までのアクセス方法
この20世紀を代表する建築物、サヴォア邸を見学するには、フランス、パリ郊外にあるポワシーという街まで行く必要があります。パリからは、RERという高速地下鉄を使って行くことが可能で、このRERと徒歩で計約1時間ほどでサヴォア邸にたどり着きます。見学料を支払えば、誰でも見学することができるので、ぜひ一度訪れてみてください。
パリにはメトロのほかに、郊外に伸びる高速地下鉄、RERがあり、サヴォア邸へ行くには、このRERのA線Poissy行きに乗り終点Poissyで下車します。パリからの所要時間は約30分。駅からサヴォア邸までは歩いて約15分から20分です。緩やかな坂道を上がっていくと、わかりにくいですが小さな看板があり、広い庭の奥に白い邸宅が現れます。
途中の目印になるのは、ノートルダム教会です。このノートルダム教会を通り過ぎ大きな交差点に出ますので、VillaSavoyeの文字が書いてある標識の方向へ進みます。ゆるやかな上り坂を進み閑静な住宅街を抜けて行きます。しばらくすると右手にVillaSavoyeと書かれた看板が見えてきます。敷地に入り木々が生い茂る庭を進むとサヴォア邸が出てきます。
サヴォア邸を見学するには
サヴォア邸の入場料は、7から8ユーロで、時期によって若干流動的のようですが、日本円に換算すると約1000円ぐらいです。開館時間は、1月2日から4月30日の期間中が10時から17時まで、5月2日から8月31日の期間中が10時から18時まで、9月1日から12月31日の期間中が10時から17時まで見学できるようになっています。休館日は月曜日です。
パリ郊外のポワシーにあるサヴォア邸を訪ねよう
フランス、パリ郊外のポワシーという街の中に佇むサヴォア邸は、今、見学しても全く違和感を感じさせず、約1世紀近くも昔に建築されたとは信じ難い、先進性と快適性を追及した邸宅です。このル・コルビジェが残した世界遺産は、自由に見学できる人類共通の文化遺産です。パリに行ったらこの世界遺産を是非一度見学に訪れてください。
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