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コロッセオの歴史!残酷な地下競技もあった!チケットの予約方法は?

世界遺産であるローマのコロッセオはローマ帝政期に造られた円形闘技場です。ここではローマ市民が一番熱狂した"競技"が行われる場所でした。こちらではそんなコロッセオの歴史や競技、チケットの取り方などの情報についてご紹介していきたいと思います。

ローマの観光名所コロッセオについて知ろう見出し

イタリアローマにある世界遺産として有名なコロッセオはローマ帝政期に作られた円形競技場です。この競技場ではローマ市民が熱狂する"競技"が行われています。こちらではコロッセオの歴史や行われていた"競技"について、他チケットの取り方などの情報をご紹介していきます。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報①:ローマの歴史見出し

コロッセオは「コロッセオの立つ限りローマは立つ。コロッセオの倒れる時ローマは倒れん」とうたわれた、ローマの世界遺産です。このコロッセオはローマが共和制から帝政へと変わった後にできました。当時のローマ帝国の勢力は絶対的なものであり、ヨーロッパの多くの国を支配下に置いていました。

従属国はローマ帝国の強大な力におびえながらも、ローマの高い文明や支配下における秩序の中で「パクス・ロマーナ」と呼ばれる平和な時代が紀元前27年から紀元後180年くらいまで約200年ほど続くことになります。ローマのコロッセオはそんなローマ帝国の全盛期の建造物です。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報②:コロッセオの目的見出し

コロッセオは当時のローマが大火や内戦などの甚大な被害から復興を図ると同時に"暴君"として知られる前皇帝「ネロ」の放漫財政の立て直しを図るため、「市民の娯楽のため大型の闘技場を作る」という目的から計画されました。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報③:コロッセオの規模見出し

コロッセオは楕円形のすり鉢状になっているのですが、長径188メートル、短径156メートル、高さ48メートルです。"コロッセオ"とはそもそも"巨大なもの"という意味ですので名前の通りの建造物です。収容人数は5万人と言われ現在の東京ドームと同じくらいの規模のものが約2000年前に作られていたというのは驚きです。(日本では弥生時代です。)

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報④:コロッセオの構造見出し

コロッセオは火山灰から作られたコンクリートでできており、鉄鋼を使用しないにも関わらず長い歴史の中で崩壊しなかったのはコロッセオの建築技術が素晴らしく全体が円筒状で力学的に非常に安定していたためでした。

建物は4階建てで1階はドーリア式(大理石)、2階はイオニア式(大理石)、3階は女性用のコリント式(木製)と様式の違うアーチで飾られており、さらに上は一般市民用立見席になっていました。当時は身分別に席が指定されていたようです。また競技のチケットは市民には無料で配られました。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑤:コロッセオの地下空間見出し

現在は地下部分には深さ約6メートルの迷路のような空間がむき出しになっていますが、当時はこの上に木製の床がありました。コロッセオの地下空間はコロッセオのいわゆる「舞台裏」であり、地下には檻などがあり、猛獣は手動のリフトなどで地下から競技場に送り出すというような舞台装置もあったそうです。

また、この地下空間は猛獣やこれから戦う剣闘士の待機スペースとしてだけでなく、近くの剣闘士の養成所と秘密の地下道でつながっていました。複雑に見える地下スペースはとても合理的につくられていたようです。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑥:コロッセオでの競技見出し

コロッセオで行われる競技は、ローマの富豪たちが大金を投じて行われていました。そしてコロッセオでは「競技」というよりももっと血なまぐさい「闘技」が行われていました。剣闘士(グラディエーター)同士の試合です。彼らは命を懸けて戦います。当時のローマ市民は剣闘士同士の戦いを競技として娯楽の一つとしていました。

行われた競技は剣闘士同士の試合だけではありません。猛獣同士の試合、猛獣と剣闘士の試合もあり、当時は競技場に水を張って船を浮かべ海戦のようにして剣闘士たちを戦わせたこともありました。さらには血を見たさに集まる市民のために公開死刑までイベントのように行いました。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑦:コロッセオの猛獣たち見出し

コロッセオの競技登場する猛獣は、ライオンやトラ、象や水牛、豚やウサギなど、野生や家畜を問わず、ありとあらゆる動物でした。コロッセオの地下部分から競技場まで猛獣をリフトのようなもので上げる装置もあり、公開死刑の場合には、磔にした罪人の前に空腹で興奮したライオンを放つという残酷な方法で処刑しました。

その逆に人気がある剣闘士と戦うために用意された猛獣は少し弱らせた状態で登場させて、剣闘士が勝利するように仕向けたりする場合もあったそうです。ではそれらのライオンやトラなどの猛獣たちはどこから連れてこられたのでしょうか。

現在ではトラやライオンの生息地は限られていますが、当時はシリア、パレスチナ、トルコ、バルカンなどにも生息しており、「ライオンを倒すことは世界の覇者になることである」という迷信から多くの殺戮が行われました。結果ヨーロッパにいたライオンは絶滅し、北アフリカやシリアから輸入していましたが、当時のローマ人は猛獣の育て方や戦わせ方も熟知していました。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑧:剣闘士見出し

「剣闘士」同士の戦いは紀元前200年ほどからあったと言わています。最初は高貴な人追悼のために行われていた"催し物"ものが、多くの人を呼ぶ見世物のようになり、競技として発展していきました。

剣闘士として戦うのはローマと戦い敗れた国々の戦士たちや罪人がほとんどでした。かれらは市民の中でも一番最下層の身分「奴隷」として剣闘士になり戦いました。しかし、賤しい身分でありながら、一方で命がけで戦う剣闘士の姿は勇ましく、憧れを持つ市民も少なくなく、一般の市民でも志願したものが全体の2割もいたそうです。

剣闘士はコロッセオ近くの養成所で血のにじむような訓練をしました。あまりの苦しさに自殺するものが出るほど過酷だったと言います。戦うための基礎体力をつけるため約6ヶ月間養成所で訓練を受けたのち実戦に入ります。また、剣闘士はみな地下にある地下牢に閉じ込められていたと想いがちですが、剣闘士の生活はそこまで拘束されていなかったともいわれています。

「剣闘士」というと筋肉ムキムキのイメージがありますが、実際は切られても死ににくいように、脂肪もたくさん蓄えていたと言われています。剣闘士は基本的に「人を呼ぶための道具」ですので、興行主催側もあまりすぐに死なれても困りますから、全ての試合が死ぬまでやるというわけではなかったようです。しかしながらもちろん戦士率は高く、一人の剣闘士が年に2回(一週間や半年間)試合にでるうち20%ほどは命を落としていたそうです。

剣闘士の生活は比較的自由で、一部の剣闘士を除いてはずっと地下牢に閉じ込められて戦いを待つというようなことはなかったそうです。特にいくつかの戦いを生き抜いた剣闘士は引退することもできたそうです。身分は「奴隷」という低下層にかわりはありませんが、人気剣士ともなると莫大な賞金を手に入れることができましたので、引退後は興行側に回って商売をするものもいました。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑨:女流剣闘士見出し

剣闘士はほとんどは男性でしたが、剣闘士の中にはわずかながら女性もいました。ドイツの美術館に所蔵されているローマ時代の彫像や女性剣闘士らしき人骨も発見されたことから女性剣闘士の存在が明らかになりました。

彫刻を分析するとどうやら女性剣闘士は上半身裸で戦っていたようです。負傷したのを分かりやすくするためだというのが一つと、観客のほとんどが男性であったことから、裸で戦う女性の妖艶さが興行の売りだったのではないかと言われています。

ローマ時代は完全なる男尊女卑の世界で、奴隷や娼婦といった女性たちは墓すら作られませんでしたが、ローマでは貴族のような装飾品の数々と共に埋葬されていた女性剣闘士の墓が発見されています。この女性剣闘士は強く、勇ましく、容姿端麗で大人気の女流剣闘士だったのだろうということが想像できます。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑩:コロッセオ開幕の百日間見出し

コロッセオのこけら落としは"コロッセオ開幕の百日間"と銘うって100日間にわたり盛大に催し物が行われました。このような催し物は皇帝や貴族たちが巨万の財を投資して行われ、市民たちは身分ごとに席は決まっていたものの、無料で催し物を見ることができました。

当時の催し物のスケジュールは大体決まっており、午前中は猛獣や動物狩り、そして猛獣同士の戦い、お昼の12時には犯罪人の公開処刑、午後は剣闘士の試合と定められていました。その光景は現代であれば目を覆うようなものであり、猛獣は9000頭亡くなった剣闘士は3000人ともいわれ、真っ白なコロッセオは血で真っ赤に染まったといいます。

また驚きなのが、このコロッセオの催し物には食事がついており、人々は食事をしながら、血なまぐさい処刑や闘技を見ていたのでした。この様子はローマ市民が権力者により食糧と娯楽を与えられ政治に無関心な状態にさせられた様子を揶揄した「パン(食糧)とサーカス(娯楽)」の言葉そのままでした。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑪:キリスト教徒の弾圧見出し

悪名高いローマ皇帝ネロは当時市民の間に広まっていたキリスト教に対し、眉をひそめていました。なぜならキリスト教は当時"神化"されていた皇帝を"神"と認めず、身分社会だったローマに「神の前での平等」を説いたのです。そんなとき(64年)に起こったローマの火事をきっかけに、火事をキリスト教徒のせいにしてローマ皇帝はキリスト教の弾圧を始めます。

その後300年、当時のローマ皇帝ディオクレティアヌスはローマ帝国に反抗的なキリスト教徒の増加を恐れ、キリスト教の会合の禁止、教会の破壊、聖書の焼き捨て、聖職者たちの逮捕を始めました。するとどこの監獄もキリスト教徒でいっぱいになり、他の犯罪者を投獄することができないほどでした。

投獄されたキリスト教徒は最終的にはコロッセオで火あぶりや、猛獣などにより公開処刑が行われ、人々の見せしめにされたと言われています。キリスト教徒の迫害は老若男女問わず行われ数千人のキリスト教徒が命を落としました。コロッセオでの公開処刑はローマ帝国の絶対的な力を見せつけ、恐怖で市民の心を支配しようとしたのです。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑫:採掘場としてのコロッセオ見出し

現在コロッセオの外壁が半分ないように見えますが、これは地震などで崩壊したというわけではありません。実は大理石でできたコロッセオの一部は18世紀ごろに石材として切り出され別の用途に使用されたために削られたあとなのです。

15世紀にローマ帝国が滅亡してから時は流れコロッセオは18世紀には当時のローマ教皇により採石場として利用されるようになりました。切り出された石材は寺院などの建造物の為に使われました。コロッセオの建材を使って作られた有名な建物と言えば、バチカン市国にあるサン・ピエトロ大聖堂です。しかしながら、コロッセオはキリスト教徒たちの殉教の地として聖地化していたため、現在の形をとどめることができました。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑬:チケットの取り方見出し

さて、このような歴史のあるコロッセオは世界でも指折りお観光地ですから、シーズンにもなると世界中からたくさんの人が訪れます。ピークには入場まで1時間以上もかかることがあり、より効率的に観光地を回りたい観光客には少し面倒です。こちらではコロッセオで並ばずに入場できるチケットの入手方法をご紹介します。

1. フォロ・ロマーノまたはパラティーノの丘でチケットを買う

コロッセオから歩いて5分から10分ほどの場所に、古代ローマの中心地だった「フォロ・ロマーノ」と「パラティーノの丘」という遺跡群があります。こちらで購入できる共通チケットにはコロッセオの入場チケットがついています。こちらのチケット売り場は、コロッセオに比べ空いているのでコチラでチケットを買うと時間の節約になるのでおすすめです。料金は12ユーロ、発行日と翌日の2日間有効です。

2. ローマパスを使う

「ローマパス」は市内の美術館・博物館・遺跡・公共交通機関で、割引や特典が受けられるパスです。このパスがあればコロッセオで並ばずに優先入場できます!コロッセオしか観光しないという方には少々割高ですが、数日かけてローマ観光をするのであればおすすめです。パスは28ユーロと38.5ユーロの2種類あり有効期間や割引の内容が少々変わります。なお、バチカン市国は対象外です。

3. ネット予約

もしイタリア語や英語に自信があるならば、ネットで事前予約する方法が一番便利でしょう。こちらで予約できるチケットは優先入場できるものですので、待ち時間はほとんどありませんし、コストも安く済みますのでおすすめです。チケット料金は12ユーロ、手数料は2ユーロ、合計で14ユーロです。

4.旅行会社のツアーに参加する

とはいえやはり、言葉の問題や土地勘のないところで上記の方法を試すのは不安であるという場合はもうツアーに頼るしかありません。この方法が一番確実で日本語のガイドも付き、コロッセオ見学をメインにした(オプショナル)ツアーは60ユーロ前後で数社から販売されていますのでこちらを利用するのもおすすめです。また地下や上層階などツアー(ガイドは英語)に参加しないと入れない場所もあるので要チェックです。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑭:コロッセオがテーマの作品見出し

血なまぐさい競技ですが、勇敢さ、美しさ、技の巧みさなどで市民から人気を得た剣闘士はヒーローのようにたたえられ、女性にも大変人気があり、貴族のご婦人の密かなロマンスのお相手になる剣闘士も多かったようです。コロッセオや剣闘士の歴史と共に、剣闘士と高貴な女性のロマンスがテーマの映画作品も多いですね。

またほとんどの剣闘士は奴隷として連れてこられたローマの敵国の戦士ですので、親や妻子を殺された憎しみと深い悲しみを心に抱く剣闘士が主役です。そして残酷なシーンも多いですので、そのようなシーンをあまり目にしたくないという方はご注意ください。

世界遺産コロッセオの歴史と観光情報⑮:コロッセオの幽霊見出し

ローマの栄華の象徴であるコロッセオは2000年前の物とは思えないほどに当時の最先端の技術と工夫が施されており、感嘆するばかりですが、同時にその血塗られた歴史ゆえにコロッセオでは幽霊の目撃情報が多くあります。現在では世界有数の観光地ですが、命を落とした多くの戦士達や動物達の冥福を祈らずにはいられません。

コロッセオで全盛期のローマを感じよう!見出し

当時絶大な力を持っており「永遠の都」と呼ばれたローマの全盛期の建造物であるコロッセオ。多くの人や動物の命が奪われた残酷な歴史がある場所ですが、2000年の時を超えて世界でも指折りの観光名所となることを当時の人々は想像ができたでしょうか。長い時の流れとローマの栄華をぜひ肌で感じてください。

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投稿日: 2017年8月4日最終更新日: 2020年10月7日

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